DIGITAL HOLMES 試食会

嘘つきと狼　（妄想話）

同級のアルをラグビー部に引きずって来ちまったのは、
机に齧りついて本を読みふける姿を見ていたからだ。
やっぱニンゲン、スポーツでカラダを鍛えなきゃダメだよな？

見た目にも線の細いアイツは直ぐにでも音を上げるかと思ったが、
意外にも強情さだけは並以上で、ラグビーは楽しいと笑う。
けれども現状は。

「なあエド？　怪我してんのは、オレじゃないのか」

「どう見ても重症なのは、アルの方だろ」

「ひっでえ」

確かに違いねぇんだが。
大丈夫かい？と、エドが心配気に覗き込むアルの顔は蒼白だ。
だらだらと血が流れるオレの膝を見て、気分が悪くなったらしい。
何もオレに限ったことじゃねえ。
ラグビーの練習で怪我人が出るたびに、コイツは顔色を悪くする。

「とにかく、医務室に行こう」

エドはそう云って、アルの背を押して歩き出す。
おい、待てコラ。
唖然として、それを見送るオレ。

「ほら、ブライアンも一緒に」

振り向いたエドが、何をしているんだと眉をひそめる。
こっちが、オマケかよ。
オレは長い溜息を吐いて、二人の後に従った。

「今日は、ケンカじゃないのね？」

貧血のアルを奥のベットに横たえた後、
医務室の先生は、疑わしげな目で上から下までオレを見つめた。

「違いますって。　ほらー、ユニフォーム」

部活中の怪我なのだと、オレはユニフォームを伸ばして見せる。
ケンカで怪我をした際にも何度か世話になってるせいで、
オレは先生から問題児のレッテルを貼られている…とエドは云う。
そんなの、オレは全然気にしちゃいねえんだが。

「…本当みたいね」

「ひっでえ」

どいつも、こいつも。
オレの不満気な表情に気付いたエドが、冷たく言葉を刺す。

「こいつの、日頃の行いのせいですから」

「でも、そういえば最近、ケンカでここには来てないわね。
　ようやく学校生活に、馴染んできたって事かしら？」

「別にオレ――　痛ッてェ！」

「傷が痛むのか、ブライアン」

傷が痛むのか、だって！？
オマエが今、おもいっきり踏んだろオレの足！！
不覚にも涙目になってしまったオレを無視し、
エドはさも心配そうな声色のまま、先生に向き直る。

「とりあえず先生、ブライアンの怪我を見てやってくれませんか。
　こんなでも、我が部の有力選手なんです」

慌ててオレの怪我の手当てを始めた先生は、
すっかりエドの演技にダマされちまってる。
それから後はよろしくとかナントカ云いながら、
アイツは背を向けて、さっさと医務室を出ていった。

アノヤロー！

夕刻。
毎度ハラペコの胃袋を抱えて食堂に入ると、
オレの姿に気付いたアルが、顔を上げた。
アルの周囲には、よく人の輪ができている。
穏やかな談笑の中心を探せば、そこがアルの居場所だ。

「もう、大丈夫なのか？」

「ブライアンこそ、怪我は大丈夫なの」

「こんなの、怪我のうちに入んねーだろ普通」

「そう、なんだ」

オレは、アルの隣に座った。
周囲にできていた輪が、ゆっくりと散る。

「血に弱いなんて、医者に絶対向いてねぇぞ」

「僕もそう思ってる。　だから、家を継ぐのは嫌なんだ」

アルが困ったように笑う。
がしがしと、オレは前髪を掻き分けた。

「医者になる、ならないの前にだなー。
　誰か怪我する度にそれじゃ、オマエが大変だろ」

「ブライアンが、怪我をしなきゃ良いだけさ」

「エド！」

背後から宣告する声に、アルが勢いよく振り向いた。
エドの前ではいつも、はしゃぐ子犬のように笑う。
オレは椅子の背にもたれたまま、頭だけで背後を仰ぐ。
ちょうどそこには、オレを見下ろすエドの顔がある。

「怪我をしなきゃ、ケンカもバレない…　か？」

オレは医務室での会話を思い出し、口の端を歪めて笑った。
何も、以前に比べてケンカの数が減ったわけじゃない。
怪我をしないように、ケンカする術を覚えただけだ。

問題児と云われるのも、
怪我の一つや二つだって、気にしちゃいねえ。
けど。
エドはアルを使って、オレの行動に予防線を張りやがった。

「本当は、どっちが、どっちのためなんだ？」

エドの瞳が細められる。
それがあまりに間近すぎて、オレは奴の表情を読むことができない。

「そんなのは、自分の頭で考えろ。
　少しは脳みそを使わないと、どんどん退化するぞ」　

「本当なの、エド」

アルが身を乗り出す。
エドは首を傾け、ポーカーフェイスを柔らかに崩す。

「アルなら心配しなくても、大丈夫だよ」

「でも、ブライアンが…」

「そんな話は、うそっぱちだ！」

オレに刺さる、アルとエドの視線。
騙されるな。
嘘つきの言葉を、簡単に信じるなよアル。
コイツはホントに、素直じゃねえんだからな。