+妄想
ビーンズ (妄想話)

――バタン!

フィッシュアンドチップスの袋を抱えたイブカが、
フラットの扉を勢い良くドアを蹴り開けた。
同時に部屋の中からは、小さな驚愕の声が上がる。

「…?」

「や、やあ、お帰りイブ」

アルは慌てて、右手を背後に隠したところだ。
ぎこちない笑みを浮かべる部屋の主の、
あからさま過ぎる挙動不審さに、イブカは怪訝に視線を流す。
テーブルの上に転がるのは、なぜか3粒のビーンズ。

「豆料理でも作んのか〜?」

「い、いや、これは…何でもないよ!」

「じゃ、あんた、そっちの手出してみな〜?」

「えっ!?」

アルは笑顔を引きつらせて、隠した手を背後に身を反らせた。
その拒絶の姿勢は、余計にイブカの興味心をかき立てる。

「アル〜?」

「絶対、笑うに決まってるから嫌だ」

自分よりも10以上年上の、この大人気ない男の様子に、
イブカは半ばの呆れを得ながら見下ろすと、
手にしたフィッシュアンドチップスの袋を目前に差し上げた。

「あんたに、おいしいプレゼントだぜ〜」

「うわあああーーーっ!!?」

ぱっと開いたイブカの手の間から、
フィッシュアンドチップスの袋が落下する。
慌てたアルが悲鳴を上げながら、両の手でそれをキャッチした。

床の上寸前で散開を免れた袋を手にしたままで、
アルは息も絶え絶えに、イブカに向かって抗議の声を上げる。

「な、なんてことするんだッ!」

「なんだ? これ、箸か〜?」

「…えっ? あっ!!」

とっさに自分が放り出したものに、アルが気付いて赤面する。

「卑怯だぞ、イブ!!」

「へへっ、頭脳プレイといってくれー」

アルの抗議になど耳も貸さぬまま、イブカが箸を拾い上げる。

「で、なんで箸なんだ〜?」

「練習してたんだよっ、使い方が難しいから!」

拗ねたように開き直ったアルが、机の上のビーンズを指し示す。

「レストレード部長に聞いたら、これが掴めるようになれば合格だって」

「ふーん」

それで机の上には、豆が転がっていたのか。
謎を解き明かしてみれば、ミステリーには程遠い。
すっかり気抜けしたイブカを、アルがじっと見つめる。

「笑うかと、思ったのに」

「英国人のあんたには、難しくて、トーゼンなんじゃねーの?」

「そうだけど…」

イブカは腕を伸ばすと、テーブル上の豆を箸で器用に摘み上げた。

「すごい!」

「ばーちゃんが、こういうの教えてくれたっけな〜?」

「ハルさんが?」

そういう躾は、ちゃんとしてもらっているんだとアルが感心する。
そういえば、一緒にコース料理を食べた時のテーブルマナーも、
全然悪くはなかったはずだ。
それでどうして、 普段はあんなに行儀悪く食べ物をこぼすんだ?

怪訝に眉をひそめたアルに、イブカが箸を差し出した。

「にぎってみろ」

「う、うん…」

云われるままに箸を握ったアルの手を、イブカがぺしっと叩く。

「そーじゃねー!」

「うっ…」

「こっちの指は、こーだ」

「こ、こう?」

イブカがアルの手を覗きこみながら、正しい持ち方を指導する。
よしっ!と気合いを込めると、アルはテーブル上の豆へと箸を伸ばした。
先でそおっとつかんで、息を止めたままゆっくりと持ち上げる…

「あっ!」

少し持ちあがったところで、豆は箸を擦りぬけて床へと転がり落ちた。

「やっぱり、難しいなあ…」

「気合い入れすぎじゃねーか?」

「そうなのか?」

アルは目を瞬かせると、気を落ちつかせるために深呼吸を繰り返す。
気合いを入れずに何かに挑戦しろというのは難しい。
けれども、2度目、3度目と失敗を繰り返していくうちに、
なんとなくコツがつかめて来たのか、
アルの肩の力が抜けて、ようやく豆をつかみ上げることに成功した。

「ヨシヨシ、だいぶ分かってきたな〜」

「イブの教え方が上手いからだよ」

「まーな」

イブカが、自慢気に笑う。
こう素直に誉められては、まんざら悪い気もしない。
箸を見つめながら、すっかり感心した様子でアルが話す。

「レストレード部長が言うには、
 修業を極めたサムライは、これで飛ぶ虫も掴めるそうだよ」

「それはちょっと、違うと思うけどな〜?」


#オチる。
 アルは最初、箸を使い慣れてなかったハズ(横浜中華街)だけど、
 後日、ハル邸で年越しそばを食べれるほどに上達してたのには
 やっぱし練習してたのではと、ずっと思ってたのでした。
 しかもイブカのレクチャーってトコが、妄想ポイントです。(笑)
 そんで良呼サマからいただいた小説と、密かに設定リンクしてみたり。
 『レストレード部長・日本モノ・日常・出会って半年』
 でもこっちは、色気ねーですなー。(^_^;;
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