+妄想
Fortunately (妄想話)

「あいつら、おもしれーぞ」

イブカはそう言って、テーブルに積まれたクッキーの山に手を伸ばした。
素早く口に放り入れれば、焼きたての香ばしい香りがいっぱいに広がる。

「面白いって、何があったんだ?」

「空き缶が飛んできた〜」

一人でゲラゲラと笑い始めるイブカに、怪訝に眉根を寄せたトムが問い詰める。

「ちゃんと説明しろよ」

「ちょっと待ってろ〜」

止まらない笑いの発作に、イブカは涙まで浮かべて苦しげに腹を押さえている。
途切れ途切れに話すのをトムが聞き取った内容によると、
どうやら捜査の最中に、先輩が発砲事件に巻き込まれたらしい。

「――笑い事じゃないぞ!?」

「いーから先を聞けって」

ようやく笑いを押さえたイブカが、話を続ける。
その捜査は、ある大手企業への不正ハッキングに関するものだった。
容疑者の身元調査段階でも組織犯罪に関与している可能性は薄いと判断されており、
身柄の確保は、そう危険度も高くない任務と思われた。

「違うのか?」

「藪をつついて、出てきたのが毒ヘビってとこかね〜」

イブカはニヤリと笑って、容疑者の名前を告げた。
それを聞いたトムの表情が、反対に凍りつく。

「その名前は知ってる」

裏社会では名の知れた、悪質な薬がらみの犯罪者だ。
これまで検挙されずにいることが、何よりもその狡猾さを現していた。

「そんな危険な犯罪者の相手を、先輩にさせたのか!?」

「アルは一応、捜査官だけどな〜?」

悪者の相手をしなくてどーすんだ?と、イブカが思わずツッコミを入れる。

「それで どうなったんだ、先輩は!?」

「暇だったんで、オレ、ちょーど見物に行っててな」

暇だったからというのは、どう考えても嘘だろうと思ったが、
話の腰を折りたくなかったトムはそれを聞き流した。

「アルが、拳銃向けられてピーンチってトコで」

「で?」

「空き缶が飛んできた〜」

イブカが再び、クスクスと笑い始める。
どこからともなく、空き缶が飛んできた?

「犯人は足元の空き缶踏んで、見事にすっ転んで、アタマ打って気絶して」

笑い声が、更に高くなる。

「そこで固まってたアルが一言、『ああ、運がよかったねぇ…』って」

そんなバカな。
その場にいた全員が、心の中でツッコミを入れたのは言うまでもない。

「それってお前の …の仕業なのか?」

要するに、イブカが先輩の後について行ったということは、
イブカに貼りついているMI5も一緒について行ったということだ。
MI5のミッションにヤードの捜査官を支援するなどあるはずもないが、
一体どういう気紛れか。

「な? おもしれーだろ〜?」

「どういう事だ? 先輩は、あいつらに何かしたのか!?」

「オレ、知らね〜」

確信犯の笑いを浮かべて、イブカが次のクッキーに手を伸ばす。
…なんだか気に入らない。
機嫌を損ねた様子のトムに、「運がよかったな〜」と軽い声が返された。


#トム誕生日〜。
 二人でアルの噂話(アルはきっと、くしゃみ連発中ね!)に盛りあがってるとこデス。
 うちのイブカとトムは、ちょくちょく会ってる設定なんで。
 (しかもトムは、イブカの餌付け実践中)
 Fortunately(幸運にも、運良く)は、イギリス人が良く使ってる言葉。
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