+妄想
PROJECT (妄想話)

ロンドン郊外にある、研究施設。

この施設の統括責任者であるジェイムズ・バークレーは、
脳神経研究ラボから洩れる明りに、ふと足を止めた。

時刻は、とうに深夜を回り切っている。

静かに扉を開いて中を覗けば、
コンピュータの前で、何やら考え込んだ様子の男がいる。
脳神経科作用研究班責任者のジャック・ホームズだというのは、
その後姿からでも、ジェイムズには程なく知れた。

「こんな時間まで、仕事熱心だな」

「こんな時間?」

声をかけられた彼は振り向くと、腕の時計へと目を落とす。
それから、尋ねられたから答えたとでも言うように、
現在の状況を短く口にした。

「午前2時47分」

だからどうしたのだと、その視線が問いかける。
ジェイムズは眉根を寄せて、男を見下ろした。

「熱中すると、時間を忘れるタチかね?」

「使えるときに使うのが、時間の有効的利用法ではあるな」

「だが、健康には良くないだろう」

「ふむ…」

ジャックはおもむろに手を伸ばすと、コンピュータの電源をオフにした。
それから机の上に広がる書類をまとめると、
ファイルに収めて抱え込み、再びジェイムズへと顔を向ける。

「あなたの意見には、一理ある」

「理解してもらえて嬉しいよ。
 ついでだ、車で送ろう。 君さえ良ければだが――」

ジェイムズの言葉が終らぬうちに、
ジャックは席を立つと、部屋の明りを消して歩みを先へと促した。

「楽なものだな」

「何がだね?」

ジェイムズが落ちる眼鏡の縁を押さえて、ジャックの後を追う。
誘ったのはこちらのはずなのだが、
彼の背は、どんどんジェイムズの先を歩いていく。

ジャックは、ああ、と思い出したように呟いて、
含みのある笑いを眼鏡の奥に浮かべた。

「データによれば、私は車の免許を持っていない。
 それを知っているから、あなたは車で送ろうと言った」

「ああ…そうだが」

「つまりあなたは、私に関するデータを持っている。
 対人関係を築くための、煩わしいコミュニケーションを飛ばせるわけだ」

「人間を現わすのは、データが全てではなかろう?」

「私達に必要なのは、データさ」

研究内容の詰まったファイルを掲げて、ジャックが静かに笑う。
笑ってはいるが、その灰青色の瞳からは感情が読めない。
視線を反らしたジェイムズは、会話を続けるべきか迷いながら口を開いた。

「君は、変わった男だな」

「面倒は、嫌いでね」

「面倒?」

「ああ――」

ジャックの瞳に、初めて興味の色が浮かぶ。

「あなたは、淋しいのか」

ジェイムズは薄暗い廊下の途中で足を止めると、
どうして、と言わんばかりに見開いた目をジャックに向けた。
それから、はっと気づく。

人間心理変化の分析だ。
ジャック・ホームズの興味とする研究活動。
ジェイムズは、苦々しく唇を噛み締める。

「私を分析対象にするのは、止してくれないか」

「折角、興味を持ち始めた対象なのだが」

「興味を持つなら、是非とも別の方向にしてくれたまえ」

「健全な友人関係でも、築けば良いのかね?」

それもまた、同じことだ。
ジャックにとっては、手の内を明かすか明かさないかの違いでしかない。

友好の印に差し出された手を、ジェイムズは意外な面持ちで見つめる。
声を立てないジャックの笑いに気づかぬまま、
ジェイムズは、おずおずとジャックの手を握り返した。


#10月13日はジャックの誕生日だと気づいて、速攻書き上げた妄想です。
 けっこー好きです、ジャック伯父さんとバークレー。
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