+妄想
休日の過ごし方14 (妄想話)

何通目かのメールの着信を〔シン〕が告げる。
開封することなく削除を続けているそれの、
差出人も内容さえも、イブカには分かりきっている。

(気にすんなって、いってんのに!)

ベッドの上に胡座をかいて座り込んだイブカは、
ミネラルウォーターを飲み干すと、再び膝上のキーボードに指を走らせた。
今は、誰にも居場所を知られたくはない。
目立たない小さなホテルの一室に逃げ込んでからずっと、
イブカは自分の存在を示すフェイクを、次々と送り続けている。

今のイブカが〔シン〕と会話をするには、
骨伝導音からなる音声インターフェイスの代わりに、
接続したキーボードから、手動でコマンドを入力するしかない。
その手足を切り離されたようなもどかしさに、イブカは唇を噛む。

少しずつ、その異変には気付いていた。

自分の発したコマンドに、時折であるが〔シン〕がエラーを返す。
その原因は、この声が変化してきたせいだ。
人よりも随分遅い変声期だったが、
イブカはそのことを、それほど深刻に考えてはいなかった。
自分の声にのみ反応する音声認識システムは学習型なので、
ある程度の声紋変化は〔シン〕によって自動的にカバーされていくからだ。

(でもまさか、声がでなくなるとはな〜)

さすがにそこまで考えていなかったイブカは、
〔シン〕との会話ができなくなったことで、パニックに陥った。
これは一時的なものだと懸命に自分へと言い聞かせて、
慌ててアルのフラットから逃げ出したのだ。

依存症…とでもいうのだろうか。
まるで心を失ったような不安に駆られた自分の姿を、
アルの前でまた無様にさらすのだけは絶対に嫌だった。
あんなのは、ジャックの時だけでもう充分だ。

(おっ!?)

〔シン〕がヤードから拾い上げてきた情報に、イブカが反応した。
内容を読み取るうちに、その蒼い瞳が輝きを増していく。

(なんでこーなるんだ〜!?)

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