+妄想
休日の過ごし方15 (妄想話)

スコットランド・ヤード。
IT犯罪課にやってきたウルフが、昼飯を食いに行こうとアルを誘う。

「ちょっと待って」

デスクトップに向かっていたアルは、新たなメールを送信して席を立った。
ウエストミンスターの鐘が鳴り響く。
2人はヤードを出てすぐの馴染みのパブに入り、ランチを注文する。

「イブ公のヤツ、まだ見つかんねぇのか?」

「ああ…そうみたいだね」

マッシュポテトを頬張るウルフに、アルがぼんやりと答える。
皿の上にあるアルの手は、先刻からあまり動いていない。

「そうみたいって、おまえ、他人事みたいに」

「どれだけメールを出しても、あれきり返事は来ないんだ。
 僕にはどうしようもないよ」

「返事を出せない事情ってのも、あんだろ?」

「どうかな…」

どこへ姿を消しても、居場所を教えてもらえると思っていたなんて。
確かな約束でさえ何もないのに、自分はただ自惚れていただけなのだろうか。
アルの口元に小さな笑いが浮かぶのを見て、ウルフが怪訝に眉を寄せる。

「イブ公にここまで関わっておいて、今さら怖気づいたのか?」

「何とでも言えよ」

「アル」

ウルフの責める口調に、アルが両手を上げて白状する。

「…わかってる。ただ、自分でもショックなんだ」

アルの内にある変化を、ウルフが目ざとく見つけ出す。
こいつの手は誰も拒まないが、誰かをつかみ返すこともない。
ずっと続くと信じていた日常が、為す術も無く壊されたあの日から、
アルは何かに手を伸ばすことを止めてしまった。

そして、イブカも。

お互い手を伸ばさないまま、背中合わせの奇妙なバランスで2人は続いている。
だからアルは、こんなに揺れるのだ。

「悪いことじゃねえと、オレは思うけどな」

「イブがいなくなったことが?」

アルの問いに、ウルフが笑う。

「バーカ、お前がショックだってことがだよ」

「それって、どういう――」

訊ねかけたアルが、ポケットの振動に言葉をとぎらせる。
アルは慌てて携帯電話を取り出した。
受信するなり、レストレードの怒声が耳に響く。

『ワトソンくん! ジョン・ホープが殺害されたぞ!!』

「ええっ!?」

電話向こうへと返したアルの叫び声に、
事件を察したウルフは、ランチの残りを慌てて口にかき込んだ。

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