+妄想
休日の過ごし方18 (妄想話)

チャイナタウンの外れを、アルが俯き加減に歩いていた。
これは単なるひき逃げ事件ではないと、レストレードもアルも感じている。
FBIがホープに捜査の手を伸ばした矢先の被疑者死亡事件など、
どう考えてもタイミングが良すぎるではないか。

だがFBIとの捜査協力の件があり、まだホープの周囲は公に捜査できない。
そのため、事情に通じているアルが内々に捜査をすすめるようにと、
レストレードの命令が下ったのだ。

「リー捜査官!」

気付いたアルが、駆け寄った。
ホープの死体が見つかった現場を遠巻きにして、
木立の陰に寄り添うように、マオ・リー捜査官は立っている。

「君の協力を、無駄にしてしまったな」

「そんなことは…どうでもいいです。
 それよりもあなたは、犯人に心当たりがあるのですか!?」

マオは口を閉ざしたまま、アルを一瞥した。
アルが挑むような視線を向ける。

「…答えて下さる気は、ないんですね」

「これは私のミスだ。何も、君が熱くなることはない」

「知っている人間が殺されて、それで何も感じるなと!?」

言葉を荒げるアルに、マオが怪訝に眉をひそめる。
なぜそこまで必死になって、噛みついて来るのかわからない。

「面識があると言うだけだ。
 ホープは、君の友人だったわけではなかろう?」

アルが言葉を失い、唇を噛んで俯く。
両腕を組んでアルを見下ろすと、マオが詰問口調で問いただす。

「君の様子は、どうもおかしい。一体どうした?」

「…すみません」

俯いたままアルが答える。
だがそれは、マオの求めた質問の答えではない。

「答えたまえ」

「……」

びくりと身を堅くして、アルが両手を握り締めた。
マオは次第に、小さな子供を虐めているような錯覚に陥っていく。
目の前のこれは、30前のいい大人だ――やめてくれ。
自分の思考に眩暈を感じたマオが、目を閉じて大きく息を吐く。

「…言い方が悪かったな」

変化したマオの口調に、アルがゆるゆると視線を上げた。
いつも厳しく結ばれているマオの口元は、少し困ったように歪んでいる。
握り締めた手と共に、張り詰めていたアルの気がわずかに緩む。

「イブがいなくなって…」

「イブカ?」

口を開き始めたアルに、詰問とならぬよう苦心しながらマオが訊ねる。

「いつからだ」

「ホープの店に行った…あの日です」

「ワトソン、今回の事件とイブカは関係ない。
 イブカが姿を消すのも、今回に限ったことではないはずだ」

過ぎた懸念は無意味なことだと、マオが告げる。
そんなことは分かっているのだ。
ふたたび目を伏せるアルに、マオは咳払いをして言葉を続ける。

「だが…イブカは事件を呼び込むからな。
 用心のために、行方を把握しておく必要はあるかもしれん」

「…えっ…?」

「イブカ・ホームズのことは、私が情報屋にあたると言っているのだ!
 君はホープを轢いた車の洗い出しをしたまえ、ナンバーはここに控えてある」

アルが顔を上げると同時に、今度はマオが視線を反らす。
実のところ、これは単なる時間稼ぎに過ぎない。
ターゲットを回収するまでは、下手にヤードの捜査が入られては困る。

「あ…あのっ、ありがとうございます!」

そっけなくマオが差し出したメモを、受け取ったアルが破顔する。
甘やかすのは絶対に今回だけだ。
幾度目かの同じ誓いを、マオは胸中で呪文のように繰り返した。

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