+妄想
休日の過ごし方20 (妄想話)

夜になって、ウルフは待ち合わせのパブに向かった。
店の中を見渡せば、その淡い柳色の髪は難なく目に止まる。
トムは奥のテーブルで、ひっそりとパイントグラスを握っていた。
ウルフが歩み寄り、軽く声を掛ける。

「よぉ」

視線を上げたトムは、眼鏡の奥に浮かぶ不機嫌の色を隠そうともしない。
ウルフはトムの手からグラスを奪うと、
半ば手付かずに残っていたビールを一気に飲み干した。

「甘ぇな」

ビールを本格的に楽しむにはギネスだと主張するウルフには、
トムの飲んでいたエールの味は、少々物足りない。
ならば口卑しく人の物に手を出さなければいいだろうと、
返された空のパイントグラスに、トムが胡乱な目を落とす。

「僕に何の用ですか」

「おいおい、噛みつくなよ」

「人のことを、犬みたいに言うのは止めてください」

「そーか? 似たようなもんじゃねえか」

「用がないのなら、帰ります」

席を離れかけたトムの肩を、ウルフが押さえ込む。
再び席に押し込められたトムは、苛立たしげにウルフを睨んだ。
ウルフの唇が、楽しげに横へと引かれる。

「わかったよ、怒るなって。ちょっとふざけただけだろ」

「言いたいことがあるなら、早く言え」

その口調は、乱雑で冷酷さを帯びたものへと変わっていく。
決して意識しているわけではないのだが、
この男の相手をしていると、自分の隠した両面が引き出されてしまう。
それを楽しんでいる様子のウルフが、トムには理解できない。
ウルフはトムの向いに座り、片腕をテーブルに乗せて頭を近付ける。

「トムお前、イブ公の居場所を知らねえか?」

「イブ?」

トムが怪訝に目を細める。
そう言えばここしばらく、イブカからの連絡はない。
こうしてウルフが居場所を尋ねるということは、
イブカは今、ワトソン先輩のフラットにいないのだろうか。

「僕があいつに、何かしたとでも思ってるのか?」

「そんなバカなこと、言われても信じるかよ」

ウルフが、さらりと疑惑を否定する。

「イブ公が消えるなんざ、珍しくもねえけどな。
 ただ今回に限っては、アルにさえも居場所の連絡はナシ」

「つまり、事件に巻き込まれた可能性があると?」

ウルフが肩をすくめる。
正攻法では何も分からない、だからトムを頼って来たのだ。

「イブの居場所を知って、どうするつもりだ」

「オレはどうもしねえよ。ただ、アルがな…」

ウルフは身を引くと、椅子の背にもたれて空を仰ぐ。
トムは、目を細めてそれを見る。
この男の心配は、消えたイブカではなくアル・ワトソンにあるのだ。

「お前にゃ、ムリか?」

「馬鹿にするな!」

あからさまなウルフの挑発に、トムはきっちりと反応を返してくる。
それに満足したウルフが、口の端を引いて笑う。

「いいねえ、その目で睨まれるとゾクゾクするぜ」

ガタン、と椅子を鳴らしてトムが席を立つ。
その素直な反応が、ウルフにはまた面白くてたまらない。
椅子の背に両腕をかけて見上げるウルフに、トムが冷ややかに言い放つ。

「貸し1つだ」

「アルにツケといてくれ」

ウルフは屈託のない笑いで、そう切り返した。

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