+妄想
休日の過ごし方21 (妄想話)

スコットランド・ヤード。
パソコンのモニタに映る情報検索画面を、
自席に座ったままのアルは、読むこともなく見つめている。

ある程度予想はできたことだが、
ヤード内のコンピュータで盗難車リストを検索したところ、
ホープをひき逃げした同ナンバーの車には、盗難届が出されていることが判明した。
なにしろ英国では、毎年50万台もの乗り物が盗難被害にあっている。
車体の持ち主から犯人を割り出すのは、恐らく不可能だろう。

車の洗い出しが無意味というならば、
骨董商筋からは、ホープに関する情報が見つかるだろうか。

「いや、無理だな…ホープは上手くやりすぎた」

考え込んだアルが、口元を押さえて一人呟く。
慎重に慎重を重ねて、何一つ犯罪の痕跡を残さないこと。
それが自らの死を暴く手掛かりを失わせる結果となるとは、何と皮肉なことか。

ようやく夜になった頃、
イーストエンドのはずれで、乗り捨てられたワゴン車両が発見された。
ナンバープレートは外されていたが、
17文字のVIN―車体識別番号により、犯行に使われたのと同じ車であると断定。
車内からは、犯人のものらしき指紋は検出されていない。

これで、全てが行き詰まりなのか。

「ワトソンさんっ!」

明るい声と共に、アルの前に暖かなコーヒーが差し出された。
顔を上げれば、にこやかに笑うアイリーンが立っている。

「あまり、無理しないでくださいね?」

「あっ…ありがとう、アイリーン」

コーヒーを受け取ったアルが、礼を言って柔らかに微笑む。
アイリーンは、それだけで幸せな気分になっていく。

「随分と遅いんだね、今から帰るところ?」

「そうなんですけど…もしよければ近くですし、
 ワトソンさんも御一緒に、わたしが車でお送りしましょうか?」

「いや、僕はまだ残っているよ。
 それに誰もいないフラットに戻るのは、何だか少し気が重くて」

「そうですか…」

わたしでよければ、いつだってワトソンさんの帰りをお待ちしていますっ!
心の中で力いっぱい叫んだアイリーンは、
仕事を終えて帰宅したアルを出迎える、自分の姿を思い浮かべていた。

『ただいま、アイリーン。
 僕がいない間、1人で寂しくなかったかい?』

アルが優しく笑って、アイリーンの身体をそっと抱きしめる……

「…アイリーン?」

「はっ――! はいっ!?」

アイリーンが、はっと我に返る。
黙り込んだまま頬を赤らめる彼女を、アルが不思議そうに見つめている。

「あっ………そうだ、忘れてました!
 ワトソンさんのためにわたし、フルーツケーキを焼いてきたんですよっ!!」

アイリーンが焦りながら、ケーキの入った包みを取り出した。
その切り分けられた一辺を、可愛らしい紙ナプキンに包んでアルに差し出す。
受け取ったアルはアイリーンの顔を見て、ケーキに目を落とし、口に含んだ。

「…どうですか?」

「うん、とても美味しいよ」

「よかったぁ〜」

両手をぐっと握りしめて、アイリーンが笑う。
アルは手にしたフルーツケーキを、じっと見つめている。

「ちゃんと、ご飯を食べているかな…」

「えっ?」

小さな呟きを聞き漏らしたアイリーンが、きょとんと首を傾げた。
アルが顔を上げて、いつもと変わらぬ表情で優しく笑いかける。

「もう夜は遅いから、気をつけてね」

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