+妄想
優しい毒17 (妄想話)

メールを開いたアルは、この短いクイズに頭を抱えた。
悩んだ結果、今いるホテルの屋上へと半信半疑で昇ってみる。

「……イブ!?」

イブカが振り向いた。
蒼い瞳が、驚きで見開かれる。

「どーしてここにいるんだ〜?」

「あのメールは、イブじゃなかったのか?」

同じく返される驚きの表情に、イブカが舌打ちした。
アイツの仕業だ。

「どこに行ったかって、心配したんだぞ」

「どこだろーと、あんたに関係ねーし」

「そういうわけにはいかないよ!」

そう声を荒げたあとで、しまったとアルは口を噛む。
これでは、さっきと同じ繰り返しだ。
それよりもまず、事件のことをイブに話しておかなければ…

「例の、大学教授が亡くなったんだ」

「大学内の研究施設でつくられた細菌兵器なんて、
 もし世間に知れたら一発ゲームオーバーだからな〜」

イブカは驚きの様子もみせない。
アルが確信する。
イブは全部知っていた…でも何を?

「まさか……!?」

アルの中で、ようやく全ての顛末が繋がっていく。
情報を混乱させIbを巻き込めば、国のレベルで情報屋が騒ぎ出す。
フェアリードの、ワクチンプログラムが存在する噂となればなおさらだ。
騒ぎの大きさが、自分達の手におえぬものだと気付いた時にはもう遅い。
既に啓が手にした情報は、組織へと確実に流れていくだろう。
それを防ぐには、内からの手で全てを消去するしか道はない。

「最初から? それが目的だったのかっ!?」

「現実なんて、データで簡単にかき消される。
 証拠を全てデリートすれば、全部なかったことになるんだ」

冷たく告げる言葉の意味に、アルの目前が暗くなる。
ダメだ…
こんなのは強さなんかじゃない、
痛みを感じないように、ただ心が凍っていくだけだ。

「イブ、戻ろう」

イブカは答えない。
下を見れば目の眩むような足場に、平然と座って空を見上げている。
アルはそれを、自分への拒絶と判断した。
あのとき自分に向けられた、イブカの言葉がよみがえる。

「僕は、リー捜査官やウルフのように強くない。
 自分でも分かってるんだ、君を護る任務に僕は役不足だって」

続く沈黙。
だがイブカが黙っているのは、答えが分からないからだ。
アルの警護が役に立たないという意味であればYES、肯定。
NO、でもオレはそんなものが欲しいわけじゃない。

「でも… ここで退いたら、きっと後悔する」

顔を上げると、イブカの蒼い瞳がアルを捕らえている。
アルが言葉を途切らせる。

「なんか矛盾してねーか〜?」

「それは…そうなんだけど…」

心底呆れた顔で、イブカがアルを見下ろしている。
答えに困ったアルは、開き直ることにした。

「でも僕は、そうしたいんだ」

「あんた、すげーワガママ」

「イブには負けるよ」

「そーか?」

今さら君相手に、体裁を繕っても仕方ないじゃないか。
呟くアルの前に、猫のような身軽さでイブカが降りてくる。
手を伸ばせば、届く距離。
イブカの腕が真っ直ぐに伸びて、アルの胸を差し示す。

「じゃ、勝負してみっか〜?」

「えっ?」

「オレとアル、どっちがワガママか」

イブカが声を立てずに笑う。
胸に落ちる温もりと痛みに、アルが僅かにうろたえる。

「先に諦めた方が負け…か?」

「オレは勝つ自信、あっけどな」

アルは、負けを宣言できない。
それが楽しくて、イブカは満足げに笑って歩き始めた。

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