+妄想
LA VIE EN ROSE 11 (妄想話)

河岸には枝を垂らした並木の道が続き、
木立の間からは、レンガ造りの洋風建築が時代の面影を残している。
周囲がオフィス街と思えないほどに、この一角だけは静かだ。

川辺のベンチに潤と並んで座ったアルが、
申し訳なさそうにうなだれて、手の中の缶コーヒーを握る。

「いきなり逃げられるとは思ってなかったから、驚いてしまって。
 せっかく連絡をくれたのに、すまないジュン」

潤からの連絡を受け、この橋上までやってきたアルだったが、
逃げ出したイブカの後姿を、ただ呆然と見送ってしまった。
もしこの場にリー捜査官がいたならば、
果たしてどれだけの叱責を受けることだろう?

考えただけで、恐ろしい。

「ええと…でも、あの例のFBIの人だって、
 いつもイブくんに逃げられてるじゃないですか」

フォローにならないフォローを、懸命に潤が入れる。
でもまさか潤だって、
イブカがあんな風に逃げ出すとは予想していなかった。

「ケンカ、してるんですか?」

「えっ? 誰が?」

他人事のようにさらりと問い返された潤が、
気まずく視線をイブカに踏まれた足へと落とし、
「ワトソンさんとイブくんが」と付け加えた。
うーん、とアルが隣で首を傾げる。

「喧嘩というか口論なら、しょっちゅうかな。
 僕達はライフスタイルも、物事の捕らえ方も随分と違い過ぎるからね」

潤は驚いて、アルの顔を見つめ返した。
いつも穏やかに見える(悪く言えば捜査官にはとても見えない)この人が、
あのイブカと口論を繰り返しているなど、想像もした事もなかった。
潤の知っているアル・ワトソンの姿は、
イブカの少し背後から、そっと、いつでも気遣うように立っている。

「僕は、イブの保護監察役なんだ」

「でもイブくんの事は…」

「大嫌いだ、って思ったことは何度もあるよ。
 我侭で毒舌、大人の言うことは頭からバカにして」

「でも! それは、そうかもしれないけど」

「最初は、ね」

アルは小さく微笑み、視線を遠くへと向けた。
その先には静かに流れる河面があったが、
彼の見ているものがここにないのは、潤にさえ明白だった。
その光景のデジャヴに、潤が息を飲む。

『今、なんかいったか?』

クリスマス・イヴのキャンドルライト。
その炎を受けて揺らめく、蒼い瞳の向かう先。

「…か… ジュン―――?」

「あっ、はい! すみません?」

アル・ワトソンの言葉を聞き逃した潤が、慌てて問い返す。

「イブは、何か事件に関わっている様子だったかい?」

「それは…」

イブカの取る行動は、潤の予測の域に収まらない。
何をするつもりかなんて、測り知ろうとすること自体に無理がある。

「何か、気になることがあるんだね」

潤の様子に反応したアルが、まるで捜査官のように問いただす。
その時アルの携帯が、メールの着信を告げた。

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