LA VIE EN ROSE 10 (妄想話)
大阪中心部。
河にかかる石造りの橋の上で、
軽快な着信音楽を鳴らし始めた携帯を、イブカと潤が覗き込んでいる。
「5小節目のアタマ」
イブカが短く告げて、片手に握ったクレープに食いつく。
潤は小さく唸り声を上げて、その音楽を切った。
「ぼくには全然わからないよ」
「B♭だろ、8ビョーシの」
「1音だけにノイズ?」
「ああ」
潤は手の中の携帯のボタンを押すと、再び流れる音楽に耳を寄せる。
それから再び唸り声を上げて、ばったりと石の手すりにうつ伏せた。
「そんなの、わかりっこないよー!」
ごろりと首だけ反転させて、潤は手すりに座ったイブカの顔を見上げる。
「やっぱりスゴイ、イブくんは」
「けっ!」
イブカがぶつぶつと〔シン〕に呟いた。
それから左腕のモニタを、腕ごと潤の前に差し出す。
「上のが本来のデータで、下はノイズが乗ったデータ」
イブカが差し出したのとは反対側の手から、
クレープに挟まれた焼きリンゴカスタードが、どろりと足元に流れ落ちた。
一瞬そちらに気を取られた潤が、慌ててイブカの左手に視線を向ける。
「これが、色んな携帯の中に?」
「みたいだな」
「でもどうして、誰が、わざわざこんなことをするんだろう。
攻撃的なウイルスでもないみたいだし…」
「ああ、今のウチはな~」
「えっ?」
潤が、ぱちくりと目を見開いた。
知らぬ顔で、イブカが腕を引く。
「どういうこと、イブく―――」
「イブ!!」
「げっ」
小さく叫んだイブカの手から、離れたクレープが地面に落ちた。
橋のたもとにある地下鉄の入り口から、
見違えようもない人物が安堵の表情で、息を切らせて駆け上がってくる。
――アル・ワトソンだ!
イブカが、鋭く潤を睨む。
潤が繋がっていたのは、啓でなくアルの方だったのか。
気迫に押されて身を引く潤の足を、イブカは容赦なく思い切り踏みつけた。
「痛いっ!!」
潤は痛みに、思わず涙目で声を上げる。
その隙に、イブカは脱兎のごとく橋の反対側へと走りだした。
みるみるうちに、赤い背中は遠ざかる。
橋の上に駆けつけたアルは、潤の前で足を止めた。
「大丈夫か、ジュン!?」
「だ、大丈夫……
それよりも、追わなくていいんですか!?」
「あ…ああ…」
イブカの走り去った方向に目を向けたまま、アルが曖昧に答える。
カスタードの甘たるい匂いが、鼻をついた。
アルの視線は、足元に落ちる。
イブカの落としたクレープが、べっとりと地面に中身を広げていた。
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