+妄想
LA VIE EN ROSE 9 (妄想話)

『そうか、よかった』

スコットランド・ヤード、テロ対策課。
予想どおりの答えに、ウルフが口端を歪めて笑った。
自分達を爆破に巻き込んだ犯人が容態を持ち直したと、
そんなことを気にする同僚に、短く送ったメールの返信だ。

他人に迷惑をかけておいて、自分はさっさと死んじまうなど
もちろんウルフとしても、許す気はないのだが。

アル・ワトソンから送られてきたメールは、
ロンドンに残してきた事件とウルフの怪我を気遣う内容ばかりだ。
つまりイブカの行方は、まだ不明ということか。

「あれぐらいで逃げ出すなんざ、まだまだ…」

誰にともなく呟いて、ウルフはぎしりと椅子に背をもたれた。
爆破事件で受けた怪我は完治していなかったが、
病院のベットに大人しく横たわっているぐらいならば
まだヤードのデスクで報告書や始末書でも作っている方がマシだ。

何より、病院内では酒が飲めない。

「ウルフ先輩、大丈夫なんですか?」

同じテロ対策課の若い後輩が、
白い包帯でぐるぐる巻きのウルフを心配そうに伺う。

「あー、そういや腹が減ったかな」

椅子の背にもたれたまま、とぼけるウルフに
心配したのは腹の具合でなく、怪我の具合なんですけどと失笑が返る。

「今やテロ対策には、MI5に特殊部隊まで動く過敏さですからね。
 いくら先輩が特捜部だからって、あまり無茶しないで下さいよ」

「ありゃどう見ても、口先だけの脅迫犯なんだがなあ…」

「どうして、そう思うんです?」

「勘だ」

きっぱりと云い切るウルフに、青年は納得のいかない様子で反論する。

「でも実際に、爆弾を所持していたじゃないですか」

「だからそれが、謎なんだ」

「謎、ですか」

「最初の地下鉄の爆破未遂事件では、
 犯行を示唆する予告メールがばら撒かれただけだった。
 実際に仕掛けられた爆弾なんざ、どこにも発見されなかったのさ」

「それで、脅迫だと?」

「あの野郎、1年前に地下鉄会社から解雇されてんだよ」

神妙な面持ちの後輩に、ウルフがちらりと視線を流す。

「同一犯による爆弾ナシの爆破メール予告は、一度だけじゃなかった。
 その裏づけは、IT課の捜査でしっかりついている。
 テロ対の捜査でも、中東や北との繋がりは全くのシロと出た。
 その結果、テロとしてではなく個人的恨みによる脅迫、
 つまり社会的混乱をきたして営業妨害を企む犯行と見られてたんだ」

「でも…」

「ああ、実際に爆発事件は起こっちまった。
 だからこうして、俺は書類の山に向かって格闘しているわけだ」

「これからも、こういう事件は増えるんでしょうね」

「それを阻止すんのがオレ達の仕事、だろ?」

まだ年若い捜査官は、不安と熱意の入り混ざった複雑な表情を浮かべる。
ウルフは一瞬目を細めると、大げさに肩をすくめて見せた。

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