+妄想
休日の過ごし方3 (妄想話)

アメリカ大使館の一室で、マオは大使館員と話をしている。
テーブルには、手を付けられていないブラック・コーヒーのカップ。
マオの向かいに座る男が、両手を広げて見せる。

「それは難しいでしょうね」

「どういうことだ?」

「アメリカ人とイギリス人の違いですよ。
 なにせこの国では、話す言葉ですら素性が知れるんですから」

「つまり、私ではヤツを騙しきれないというわけか」

2002年10月。北京のアメリカ大使館内に、
米連邦捜査局(FBI)の中国事務所が開設された。
メイナードと共に、そのスタッフを確定する活動をしてきたマオは、
あるターゲットを追って、北京からロンドンへやってと来たのだ。
できるだけ怪しまれずターゲットに接触するのが狙いだが、
この男の話によれば、米国人のマオではそれが不可能であると言う。

「折りしもここはメイフェアですしねえ。
 一流のレディならぬ、ジェントルマンを目指してみますか?」

「笑えぬジョークだな… いや、待て」

マオが腕を組んだまま、考え込んでいる。
興味深々の顔で、男が身を乗り出した。

「良いアイデアでも?」

「シナリオを少し変えてみよう、ちょうど良い人材がいる」

「誰です?」

「ロンドン警視庁の捜査官だ」

FBIとスコットランド・ヤードは、
いつから仲が良かっただろうかと、男が首を傾げる。

「私としても不本意なのだが。
 あそこの特捜部とは、どうやら腐れ縁のようだ」

巡り合わせというものも、あるのだろう。
そういった流れを、上手く読み取るのも大切なことだ。
マオは自分にそう言い聞かせると、
ノートパソコンから、登録されたパーソナルデータを提示する。

「イートン校からオクスフォード…家柄も悪くないですね。
 典型的なアッパーミドルクラスの、エリート捜査官じゃないですか」

感心している男を眺めて、マオが冷ややかに笑う。

「データが、真実を全て語るのであればな」

「違うんですか?」

「あれほど捜査官の肩書きが、似合わぬ男は滅多におらんよ」

「へえ、じゃあ見掛け倒しってヤツですか」

「いや…見掛けにそぐわず頑固な男だ。
 もっとも、捜査官には見えない優男という点には違いないが」

異国の捜査官を、そう悪くもない口調で語るマオに少し驚きながらも、
敢えてそれには触れずに、男は会話を流してみせる。

「いいじゃないですか、その方が好都合ですよ」

「君にとってはそうだろう」

「すみませんねえ、うちも人材不足なんです」

大使館員を名乗る男は、悪びれた風もなく笑う。
彼の持つ人材は、繋がりが表に出た時点で使えないものになる。
だからFBIの捜査官などに、不用意に差し出す気はないのだ。
男の腹心など、最初からマオには分かっている。

「向こうの捜査部長には、私から連絡を入れておく」

「じゃあ僕は、吊書きの手配を進めておきます」

「よろしく頼む」

力強いマオの言葉に、男が頷く。
マオはノートパソコンを手早く閉じて、鞄に仕舞い込むと、
差し出された男の手を軽く握り返した。

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