+妄想
休日の過ごし方6 (妄想話)

ソーホーのチャイナタウンは、
ピカディリー・サーカス駅から東に少し入った場所にある。

その一角にある点心レストランの店で、アルが困惑の表情を浮かべていた。
高級感漂う店内の雰囲気は、仕事の打ち合わせ場所にしては予想外だ。
階下を見渡せる2階席へと案内されたアルは、
複雑な漢字テキストが踊るメニュー表を見せられたが、
中国茶の種類など選びようもなく、その選択をマオに委ねる。

マオはメニューを一瞥すると、
自分に緑茶の〔龍井茶〕を、アルには白茶の〔白牡丹茶〕を注文した。
微発酵の白茶は、優しい口当たりで、ストレスを緩める効果がある。

「甘くて美味しい…!」

おずおずと一口含んだアルは、それを気に入ったようだ。
ふっ、とマオが満足気に笑う。

「君に協力を頼みたいのは、骨董品関連の取引だ」

アルが頷いて、先を求める。
マオは柱沿いの席から、階下席へと鋭く目を走らせる。
店内には、仕事の打ち合わせ中と見られる中国系ビジネスマンの姿も多い。
そのうちの一人、黒髪を整えた紳士風の英国人をマオが示す。

「あれが、ジョン・ホープという男だ。
 個人貿易業者で、中国では北京からの骨董品を主に取り扱っている」

「何か違法性でも?」

「ホープが売りつける商品は贋作だ。
 ある密売組織を経て、北京から入手したとの情報を得ている。
 我々はその商品を無事回収し、密売ルートの流れを明確にしたい」

低くひそめた会話の中で、
レストレードが話していたチャイナタウンの事件を、アルは思い浮かべている。
北京には大規模な骨董卸売市場「藩家園」や骨董街「雅宝路マーケット」などがあり、
アンティーク市場は賑わいを見せている。
だがその陰では、値段相応とは言えない商品を売りさばく輩も存在するという。
恐らくそれらの密売組織が、北京とチャイナタウンに繋がりを持つのだろう。

「強引に捜査を進めて摘発の素振りをみせれば、
 ホープが証拠隠滅のために、それらを処分する恐れがある。
 それだけは、なんとしても避けなければならない」

アルは首を傾げた。
リー捜査官の話には、何か違和感がある。
密売組織の繋がりを証明するという理由だけではなく、
商品の回収そのものに対する、何か強い執着心を感じるのだ。

「もしかして…その商品の中には、
 偽造品ではない、本物も含まれているのですか?」

「すまないが、その件に関してはノーコメントだ」

必要以上の追求は君のためではないと、マオが暗に示唆する。
知らずにいれば、逃れられる危険もあるだろう。
あのターゲットのせいで、既に命を落とした人間もいるのだ。

「分かりました。でも、これだけは答えて下さい」

強い意志を込めた瞳が、真っ直ぐにマオを見つめ返す。
普段は気弱で温厚なこの男の温度差は、マオに興味を起こさせる。

「答えられるかどうかは、質問にもよる」

「イブは、この事件に関係しているのですか?」

「イブカ・ホームズ?」

マオが僅かに目を見開く。
まさか、そこに話が来るとは思わなかった。
アル・ワトソンは、FBIからわざわざ自分が指名されたことで、
それを懸念していたのか。

「安心したまえ。今のところイブカは、この件には無関係だ」

マオの言葉に、アルの表情が柔らかに緩む。
そのあからさまな変化に、マオが苦笑する。
この顔をイブカが見れば、どう反応するかと思わず想像したからだ。

「無事ターゲットを回収できれば、ヤードには密売ルートの情報を提供する。
 君のところの特捜部長も、お互いのメリットを理解してくれた」

「ぶ、部長が……」

情報を探れというのは、アルを納得させるための建前に過ぎなかったのか。
その裏では、きっちりと保険契約を交わしている。
レストレードの笑顔の秘密を知ったアルが、溜息と共に肩を落とした。
これでは、態の良い身売り同然だ。

「…わかりました。それで、具体的に僕は何を?」

なぜ自分が呼ばれたのか、一番の謎の答えをアルはまだ聞いていない。

「君は、ホープから陶磁器を買い受ける役を演じて欲しい。
 奴は注意深い人物で、ぺテンに掛ける対象には細かな嗜好がある」

「嗜好?」

アルが怪訝に問う。
マオは咳払いをすると、珍しく言葉を言いよどむ。

「つまりだ、その…育ちが良く世間知らずで騙され安そうな英国人だ。
 ペテンがばれた時には、暴力や風評の脅しで容易に口封じができそうな…」

手にした緑茶の椀で、マオが自分の口を塞いだ。
アルの開いた口は、ショックで塞がらない。

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