+妄想
休日の過ごし方7 (妄想話)

ケンジントンのフラットに帰宅したアルが、イブカの爆笑に迎えられている。

「笑い事じゃないんだよ、イブ」

マオとの会話の一部をアルから聞いたイブカは、腹を抱えてソファに転がった。
笑いが止まらず、その目には苦しそうに涙まで浮かんでいる。
そこまで笑うことないじゃないか、とアルは不満げだ。

「ダマされやすそーってのが、マオの人選にヒットしたんだな〜?」

「…適材適所といってくれ」

アルが拗ねた表情で、マオにフォローされた言葉をそのまま繰り返す。
レストレード部長に『非常に君向き』と言われたことは、イブカには内緒だ。

イブカはひとしきり笑い終えると、
力を使い果たしたかのように、だらりとソファの上に伸びた。
まるで、とろけたチーズのようだ。
自分のおかしな発想に、今度はアルが笑いを堪える。

「笑いすぎで、のどが痛い〜」

「わかったから、紅茶を淹れてくるまで静かにしてなよ」

「サンキュ」

少しかすれた声で、イブカが短く答える。
キッチンへと向ったアルは、
しばらくの後に、紅茶のカップを手にしてリビングへと戻ってきた。
イブカはまだソファの上で、とろけたチーズを演じている。

「イブ、寝てるのか?」

「んー」

「風邪ひくぞ、ほら! 寝るならベットに入って」

手足をはみ出させて、以前よりも手狭になったソファに収まるイブカを、
アルが眉間を寄せて覗きこむ。
それとも喉が痛いと言うのは、すでに風邪のひき始めなのだろうか?

ふと世間を騒がしている新型肺炎の存在が、アルの頭を過ぎる。
アルは両手のカップを傍らに置くと、
そのまま自分の額をイブカの額に押し当てた。
突然の行動に逃れる間もなく、その場でイブカが硬直する。

「熱はないなあ?」

アルは首を傾げる。
我に返ったイブカが、思い切り良くアルの腹を蹴り飛ばした。
痛みに眉をひそめたアルが、抗議の声を上げる。

「い… いきなり、何をするんだっ!?」

「それは、こっちのセリフだッ――」

イブカは大声で叫び返して、はっと自分の喉を押さえた。
その顔に一瞬浮かんだ表情。
アルの怒りが、言いようもない不安へと変わる。

「イブ?」

「オレ、もー寝る」

「本当に、具合が悪いのなら…」

「ヘーキ」

声を落としたイブカが、何事もなかったかのように軽く答える。
原因は分かっているのだ。
アルの淹れた紅茶を一気に飲み干して、イブカは自分の部屋へと駆け込んだ。

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