+妄想
休日の過ごし方8 (妄想話)

エンジェル駅から北東に伸びた、アッパー・ストリート。
この通りのさらに東側には、骨董市の立つカムデン・パッセージがある。
細い道の左右には小さなアンティーク店がぎっしりと並んでいるが、
今日はマーケットのない曜日なので、人通りもまばらだ。

路地の奥に進んだジョン・ホープの店は、ひっそりとした小さな建物だった。
店内は古びた内装で、小さな博物館の雰囲気をかもし出している。
古い中国製と思わしき陶磁器は、
商品というよりもインテリアのごとく陳列されており、
メイフェアのグレイズ・アンティークの一角を、アルに彷彿とさせた。

「これは、本当に貴重な品なのですよ。他では手に入りませんからね」

ジョン・ホープが上品な口調で語り、アルに手元の皿を示す。
いきいきとした青い花が、白磁の上に鮮やかなコバルトブルーで描かれている。

「綺麗な蒼ですね…」

本当にこれが紛い物なのかと訝りながらも、
その蒼の美しさはアルの目を捉えて、素直な感嘆の声を上げさせる。
アルの反応に気を良くしたホープが、にこやかに笑う。

ホープは慇懃な態度を保ちながら、
美しいクィーンズ・イングリッシュを話す男を、鋭く見つめていた。
着ているスーツや布地、靴、言葉の使い方に立ち振るまいなど、
細やかに探り出して客を選別することが、
この危険な商売で成功する秘訣だと、彼は思っている。

「失礼ですが、バートン様は懐中時計を御愛用で?」

ホープは、アルの両手首に目を留めた。
バートンというのは、マオに指示されたアルの偽名だ。

「えっ、どうしてそれを!?」

驚いたアルが、ホープを見返す。

「簡単なことですよ。
 お客様のお手元に、腕時計が見当たらないものですから」

アルは必死で平静を装いながら、内心冷や汗をかく。
自分はしっかりと、観察されているのだ。

「洒落た趣味でいらっしゃいますね」

「目利きの方には、お見せできるほどの品ではありませんが…」

アルが小さく笑って、言葉をにごす。
だが言葉とは裏腹に懐中時計の入った内ポケットを大切そうに押さえたので、
ホープはそれが、本当は高級な品であると考えた。

新たな「客」にするには、なかなか悪くない。
ホープが決断する。

「いかがですか? この値段ならば、掘り出し物に違いありませんよ」

「あの…でも、僕が欲しいのは壷で、皿ではないんです。
 友人の家で見せてもらった青磁の壷に、すっかり惚れ込んでしまって…」

アルが申し訳なさそうに、言いよどむ。
それは嘘をつくことへの後ろめたさなのだが、
却ってそれが、青磁の壷への執着に真実味をみせている。

「…申し訳ありません」

「いいえ、ですが青磁の壷でしたら…
 そう、数日待っていただければ、こちらでも御用意できますが?」

「えっ?」

ホープの言葉に、アルの瞳が輝く。
それこそが、リー捜査官の言うターゲットの品に違いない。

「ちょうど手放したいと考えの方に、心当たりがありますもので。
 拝見したところ、流動感あふれる龍の図柄も見事なものでした」

「ほ、本当でしょうか!?」

心底嬉しそうな客の手応えに、
簡単な商売手口にはまってくれると、ホープも笑う。

「ええ。では商品が手元に入りましたら、改めて御連絡致しましょう」

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