休日の過ごし方24 (妄想話)
ホテルの一室では、イブカがシャワーを浴びていた。
あれから随分と声の調子は良くなっている。
イブカの機嫌はいい。
低く歌うように呟いて、先刻受けたメールへの返信を送る。
メールは、トムからのものだった。
『菓子を焼いてみたけれど、味見をしないか?』と短く書かれた文章は、
ニ人の間で演じている、家族ゲームのようなものだ。
もしくは自らの存在を容認するために、
互いの同属意識を利用した儀式に近いのかもしれない。
他の誰にもプライドが許さない、
内面に触れることを拒む壁を外して無防備にさらけ出すことは、
自虐の悪癖にも似た、ある種の快楽さえ覚える。
濡れた黒髪を白いタオルで乱雑にかき回して、イブカはバスルームを出た。
その足が、横切った鏡の前で止まる。
眼鏡の奥から見つめる、深い灰色の瞳――
それは一瞬の錯覚だ。
鏡の向こうからは、ただ蒼い瞳がイブカを見つめている。
「オレはあんたのところには、いかねーんだ」
両手を壁に伸ばして鏡を覗き込み、イブカが静かに笑い返す。
あんたはオレに、この世界で生き抜く術を教えてくれた。
幾度も一緒にチェスを楽しんだし、
オレが病気で倒れたときは、柔らかなベットと優しい手をくれた。
それには感謝している。
でもオレは…ニセモノなんていらない。
あの優しい時間は、本当はどこにも存在しなかった。
だからジャック、あんたがオレを何度迎えに来たってムダなんだ。
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