+妄想
休日の過ごし方29 (妄想話)

あの一瞬の間に、イブカはヤードのネットワークに侵入していた。

「ホープの店がドロボーに入られたってことは、
 アンダーソンってヤツは、探しものがドコにあるのか知らねーってことだ」

僅かな隙をついて走り去ろうとしたイブカは、
寸前で自分を地面に取り押さえたマオを、鋭く睨み上げてそう言った。
マオの目が、驚きで見開かれる。
イブカはこちらのターゲットに関して、既に独自で情報をつかんでいたのか。

「それで、お前はどこに行こうと?」

「ホープの隠し口座から、毎月一定の金額が振り込まれる先を調べてある。
 間に合えば、その貸倉庫にも事件に関わりのあるヤツが現れるはずだ」

そいつを捕まえて口を割らせると、イブカが答える。
マオの手は、イブカをうつ伏せに押さえ込んだまま緩まない。

「チクショー、オレを離せぇっ!!」

暴れるイブカを助けて解放してやるべきか、トムは迷った。
本来はこの状況を予測して、この男に情報を流したのだ。
だが今は…イブカはこの事件の流れを把握しているに違いない…

トムが口を開こうとしたとき、ふいにマオの手が緩んだ。
そのままイブカの腕をつかんで、一方的に引きずりながら公園の外へと走り出す。

「私の車が向こうにある、何処へ行けば良いのか早く言え!!」

あっけに取られたイブカは、そのまま数歩引きずられて我に返る。
つかまれた腕を振り払い、思いつく限りの毒舌をマオに浴びせようとした時、
イブカの横をトムが素早く駆け抜けた。

「行こう」

トムは振りかえりもせず、マオの後を追って走り去って行く。
遠ざかる二人の背に、イブカがぽかんと口を開く。

「ま――待てッ! 行くって、お前らドコに行くつもりだ〜っ!?」

二人に良いようにあしらわれたイブカは、
結局、マオの車へと同乗するハメに陥ってしまった。
後部座席に乗り込んで行き先を告げた後、
むっつりとした表情のまま、こうして腕のモニタを睨み続けている。

(コイツら、ミョーに息を合わせやがって…!)

なんかムカつく!!
イブカが、心の中で叫んでいる。

時刻は夜に差しかかろうとしている。
車はエンジェルから、さらに北東方面へと向かっていた。
イブカは誰とも目を合わさぬまま、手首のモニタに映った周辺地図を見つめている。
助手席ではトムが、時折ハンドルを握るマオを見据えながら、
膝の上に開いたノートパソコンで受け取ったデータを分析している。
マオの車は、閑散とした建物の一角で止まった。
昼間ならともかく、夜間にこの辺りをウロつくのは危険に違いない。

「どの建物だ?」

「あの、茶色いレンガの古びたヤツ」

マオの質問に、イブカがそっけなく答える。
見上げれば、建物の二階の窓には薄く明かりが灯っている。

「誰かいるようだな…」

お前の推理通りだと、トムがつぶやく。
ポケットから取り出した〔みはり虫〕を、イブカが窓に向けて飛ばした。
〔シン〕にコマンドを送りながら、その動きを制御する。
超小型プロペラのかすかな音を立てて、〔みはり虫〕が明りのついた窓辺に近づいた。
左腕のモニタに目を向けたイブカが、室内の映像を見て瞳を細める。
階下に続くこちらの小部屋は、奥の倉庫への入り口にもなっているようだ。

「男が二人いる」

「二人だけか?」

マオの問いには答えず、イブカは隣の窓へと映像を移す。
ごちゃごちゃと品物が並んだ倉庫の中は明かりも無く、映像は判別し難い。
その中で、何かが微かな光に揺れた。

「……アル?」

見過ごしてしまいそうなその場所で、
イブカの注意を引きつけたものは、明るいアルの髪だ。

「なんだって!? イブッ!?」

トムがイブカの腕をつかんで、懸命に暗いモニタ画像を覗きこむ。
イブカは、ワザと笑って状況を軽く告げる。

「ダイジョーブだ。 動いてる、ちゃんと生きてるぜ〜」

口を割らせる必要はなくなったなと、マオが頷いた。
イブカが〔みはり虫〕を呼び戻している間に、トムの前へと銃を差し出す。

「護身用に持っておけ」

S&W、ショートバレルのリボルバーだ。
銃を受け取ったトムが、マオをじっと見つめる。
銃撃戦になった際、他の銃による痕跡が残ればまずいと言う事なのだろう。
マオは自分の9MMシグ・ザウエルを、ホルスターから抜き出した。
アル・ワトソンが人質状態ならば、正面突破は危険だろうかと僅かに考えている。

イブカは先刻見た周辺地図で、この近くに教会があったのを覚えていた。
モニタを時計に切り替えてみれば、時刻もちょうど良い。

「セキュリティは切られてるな〜」

「イブ?」

「オレは、あっちの窓から入ってみる」

イブカがトムにささやいて、
薄明かりのついた部屋の側から、一番反対端にある窓を指差した。
何か言いたげなマオをトムが静止すると、
自分の鞄から粘着テープを取り出して、イブカに投げ渡す。

「どーして、こんなモノが出てくんだ……?」

「えっ? イザという時のために、決まってるじゃないか」

不思議そうに答えるトムに、イブカが眉をひそめた。
…そういえば、コイツはこういうヤツだった。

イブカは倉庫の外壁まで静かに駆け寄ると、
〔クモの糸〕を雨樋に投げかけて、猫のように身軽に2階の窓辺へと登った。
窓枠とガラスの間にアーミーナイフをねじ込み、テコの要領で小さな亀裂を作る。
その周囲に粘着テープを貼りつけて、時間を待つ。
近くの教会で、夜の時刻を告げる鐘が大きく鳴り始めた。
それを待っていたイブカが、腕を振り上げてガラスに肘打ちを食らわせた。

くぐもった破壊音は鐘の音にかき消されて、ほとんど聞こえない。
後は神経を集中して、粘着テープと一緒にガラスの破片を引き剥がす。

「へへっ、チョロイぜ〜」

物音に、気付かれた気配はない。
ガラス穴から手を差しこんで、窓の鍵を外す。
静かに窓を押し上げると、イブカは素早く中へと侵入した。

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