+妄想
休日の過ごし方30 (妄想話)

暗闇のなかに、小さく光が灯る。
傍らに人の気配を感じたアルは、ぼんやりと顔を上げた。

「アル、生きてっか〜?」

低く耳元でささやくのは、イブカの告げる言葉。
アルに分からないのは、これが現実なのか夢なのかと言うことだ。

「…イブ? どうして!?」

答えの代わりに、微かな安堵の吐息がアルへとかかる。
イブカは手にしたペンライトを口にくわえると、
取り出したアーミーナイフで、アルの手足を手早く解いた。

「こっち」

自由になったアルの手を、イブカがつかんで引く。
アルはその手に導かれるまま、迷路のような暗闇を歩いていく。

「なんだか、おとぎ話みたいだ…」

つかんだ手が消えないように、アルはしっかりと握りしめた。
アルの手の中で、イブカの手が微かに硬直する。
まるで2人の子供が手をつないで、魔女の家から逃げ出すシーンだ。

「あんた、頭ダイジョーブか?」

この状況で繰り出す話題にしては、いつものアルらしくもない。
それとも本当に、ヤバイ薬でも打たれたのだろうか?
怪訝に思ったイブカが、振り返る。
ペンライトの明りが、振り返りざまに壁際の棚を照らした。

「おっ!?」

「な、何…?」

イブカの上げた声に、アルがびくりと身を固める。
壁に近付くイブカの瞳は、次第に興味に駆られて輝き始めた。
そこに置かれた壷には、コバルトブルーで龍の絵が描かれている。

(この壷って、リー捜査官が探していた…)

アルが、目でイブカに問う。
ホープの店に行った時、〔うさぎ虫〕で盗聴されていたのを知らないアルは、
この壷にイブカが気をとめた理由がわからない。
イブカはアルの視線を無視し、ペンライトで壷の中を照らして覗き込むと、
おもむろに中へと手を入れた。

細首のため外からは見えない部分に、硬い塊が貼り付いている。
イブカは唇を舐めて1度手を抜き、アーミーナイフを握り締めた。
手先の感覚のみを頼りに、陶器との境界部分を注意深く切り込んでいく。
それからナイフを取り出すと、
壷へと再び手を差し込んで、それを力いっぱい引き剥がす。

アルは不安そうに、奥の小部屋の方向とイブカの行動に目を向けている。
イブカの動きが止まった。
上げた瞳と、アルの視線が合う。

「抜けね〜」

「ぬ、抜けないって、イブ…!?」

「こーいうの、あるよな〜?
 つかみ放題なんだけど、握った手は箱から抜けねーんだ」

何を呑気なことを言っているのかと、アルがうろたえる。
この状態で、見つかったらどうするつもりなのだろうか――!?
イブカは壷に足を掛けて、再び腕を引く。

「アル、引っぱれ〜」

「でも」

「いーから、やれ〜!」

「わ、わかった」

イブカの背後から、アルがつかんだ腕を引く。
腕に力を込めながら、どこまで力を掛けても大丈夫なのだろうかと考えた時、
イブカの手が勢い良く抜けた。
反動で後に倒れ込んだイブカの背に、アルが押し潰される。

「い、いたた…」

床の上で下敷きになったアルが、かかる重みに顔をしかめた。
見れば、イブカは何かを握っている。
アルが上半身を起こして、そっと覗き込む。

「何だ、それ?」

「内側にくっついてた」

イブカの手にあるものは、石膏の塊のようにも見える。
これをしっかり握っていたから、イブカの手は抜けなくなったのか。
アルが唖然と口を開く。

「それって…中で手を1度離してから、
 壷をひっくり返せばよかったんじゃないのか…?」

イブカは振り向いて、きょとんと間近にアルを見返した。

「そーか」

「そーか、って…」

それでは、懸命に玩具を握りしめて放さない子供とおんなじだ。
がっくりと力を落としたアルの頭が、イブカの肩に落ちる。
無防備に預けられた重みは不思議と心地良く、
戸惑い顔を背けたイブカの耳に、ぼそりとアルの声が響く。

「……疲れた」

「甘えんなッ!」

イブカはアルの頭をはじき退けると、
握っていたそれを勢い良くポケットに突っ込んだ。

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