+妄想
休日の過ごし方31 (妄想話)

「――そろそろ時間じゃないか?」

火をつけるようと指定された時間だと、男が腕の時計を見て告げる。
暇潰しにカードに興じていた、もう一方の男が口を歪ませる。

「おい待てよ、勝ち逃げするつもりかよ?」

「やること済ませておかねえと、あの野郎は時間にうるせぇだろうが」

日が落ちて、外は随分暗くなっている。
男がガソリンの入ったポリタンクを抱えて、倉庫への扉を引き開けた。
床に転がしておいたはずの、あの刑事の姿が見あたらない。

「あの野郎がいねえぞ!?」

「やべっ」

侵入した2階の窓に手をかけたイブカは、叫び声を聞いて慌てた。
壷に気を取られて、少し長居をしすぎたか。

急いで〔クモの糸〕を柱にしっかりと巻きつけると、
窓枠に足をかけて半身を外に乗り出した。
アルは下を見ないようにしながら、その肩に腕を回してしがみつく。

「…ビビるなよ、飛べ!」

イブカの合図で足を蹴る。
胃を裏返したような落下の感覚のあと、上にぐいと引かれる形で地面につく。
イブカはアルの腕をすり抜けると、建物の影に隠れるようにして走り出した。
逃げた猫を追うように、慌ててアルが後に続く。

外で待機していたマオとトムが安堵する間もなく、
すぐさま二人の男が、逃亡者を探して窓から外に上半身を現わした。
倉庫の入り口へと走りながら、トムがマオに問う。

「あの中に、アンダーソンはいますか?」

「いない」

周囲に巡らせたトムの目は、倉庫から離れた建物に止まった。
騒ぎに気付いて階上の窓辺に現れた人影が、イブカ達を狙っている。
トムはしなやかに腕を向けて、躊躇もなく相手の手首を打ち砕く。
ライフル銃を窓下に取り落として、男の影が急いで消えた。

ほう、とマオが小さな声を上げる。
リボルバーにしては、随分きわどい弾距離だ。

「もう一人いると、なぜ分かった?」

「アンダーソンという人物は、随分慎重だと思ったので。
 自分の目で状況を見届けなければ、安心できないタイプです」

犯罪者の行動分析なら、あの男から嫌というほど仕込まれている。
トムの口元に、自嘲の笑みが浮かぶ。

二人は倉庫の入り口の前で一度足を止めた。
マオが扉を用心深く開くと共に、中へと身を反して銃を向ける。
階段を降りて、外へと飛び出そうとしていた男達が驚いて銃を上げた。
マオは素早く身を下げて、男の横腹へと手刀を叩きこむ。

「うァッ――!!」

男はよろめいて、銃を握る手の力を失った。
すかさずマオが男の腕をつかみ、膝蹴りを食らわせる。
男の腕は、折れている。
それを見たもう一方の男が、慌てて銃を投げ捨て両手を上げた。
はっ、とマオが階上に顔を上げる。

「火をつけたのかっ!?」

ガソリンの臭いとともに、二階から灰色の煙が流れて降りてくる。
マオが階段を駆け上がり、熱を持った扉を蹴り開けた。
入り口付近は立ち登る炎の壁に阻まれて、奥には進めない。

「逃げて下さい、死ぬ気ですか!」

トムが怒ったようにマオの肩をつかんで、扉から引き離す。
我に返ったマオが、扉を閉めて階下へと降りる。
倉庫の外には、男達が粘着テープで手足を縛られ転がっていた。
…トムの仕業だ。

「あの中に何か?」

「いや…どのみち、もう手遅れだ」

窓から赤い炎を吐き出して、燃え上がる倉庫をマオが見つめる。
トムは手にしたリボルバーを、マオへと返した。

「遊ばせておくには、惜しい能力だな」

「インフォーマントの誘いならば、興味はありません」

トムがそっけなく答える。

「今回イブカの情報を提供したのは、
 貴方もワトソン先輩のために、イブを探していると聞いたからです」

「わかっている、君もイブカと同類だ」

「いけませんか」

「いや、その方がいいのだろう。
 君らの力は諸刃の剣だ、普通の人間には御しきれんよ」

マオの言葉に、トムが瞳を細める。
FBIの捜査官にしては、どうもこの男は筋書き通りの人間ではないようだ。
ふと、トムの胸に悪戯心が起きる――。

「貴方には、その自信がないと?」

「…悪魔の誘惑か」

唇に浮かぶアルカイックな笑みに、マオの首筋が冷たくざわめいた。

前へ 次へ 戻る