+妄想
休日の過ごし方33 (妄想話)

アルは、自室のパソコンで報告書を作成していた。
イブカはその机に半分腰掛けて、退屈そうにそれを眺めている。
時折大きなあくびを噛みながら、アルの打ち込む文章へと口を挟む。
アルの指がその度に止まり、また緩やかにイブカの言葉をキーで追っていく。

「つまり、そのダニエル・アンダーソンって男が、
 チャイナタウンがらみの密売組織に、摘発情報をリークしてたのか?」

「それをFBIの潜入捜査官に、かぎつけられたんだな〜」

倉庫で交された会話を思い出して、アルが表情を曇らせる。

「じゃあアンダーソンは、その捜査官を…」

「ああ、デリートした。
 でもそいつは殺られる前に、集めた証拠を他に隠してたんだ」

それがあの壷にあったカードディスクか。
彼が命を狙われた時に、ホープに渡されるそれは偶然側にあったのか、
それとも他に、なにかの理由があったのか。
アルは少し手を休めると、紅茶の入ったティーカップを口にした。

「ホープは何も知らなかったんだろうな。
 でも結果的には、疑いを持ったアンダーソンに殺されてしまった」

「1人やるのも2人やるのも、おんなじってヤツだ〜」

「そういう考え方は、僕には納得できないよ」

そう呟いて、アルが目を伏せる。
イブカはモニタの上に両肘をかけてのし掛かり、アルの頭を見下ろした。

「どーして聞かねーんだ〜?」

「何を?」

「オレがいなくなった理由」

先刻からアルの口を出る問いは、事件に関するものばかりだ。
内心アルの詰問を身構えていたイブカは、
肩透かしを食らった気分になっていた。
ティーカップを両手で包んだまま、アルがきょとんと顔を上げる。

「いいよ、きみは戻って来たんだし」

「そーか」

「どこに姿を消しても、戻ってくるならいいんだ」

イブカが口を閉ざす。
形のない未来なんて、約束できない。
イブカは冷たく笑って、モニタの上で組んだ両腕に頭を乗せる。

「オレに…ウソをつけってのか」

「悪いのは騙される方なんだろ?
 いつも、そう言ってるのはイブじゃないか」

「そーだっけ」

イブカがとぼける。
アルは軽く笑ってカップを置くと、再びキーボードに手を戻した。
モニタを見つめ、目を細めながら画面に顔を寄せる。

本当は、アルにだってわかっているのだ。
トーンの変わった声も、厚みを帯びてきた身体も、
アルがイブカの保護者である理由を次第に奪い取っていく。
気付かないふりをすることで、自分を騙しているだけなのだと。

「ええと、どこまで書いたっけ…」

「Fact of the incident」

テキストを一瞥して、イブカが短く答える。

「…ああ、そうだった」

低く耳に落ちる声に、アルがぼんやりと呟く。
紅茶の香りとキーを打つ音が、ゆるゆると時間の中に流れる。
イブカは眠そうに、組んだ腕の中へと頭を傾けた。

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