+妄想
優しい毒3 (妄想話)

店を飛び出した後、
イブカは特にあてもないままに、ブラブラと歩き出す。

「匂いがどーかなんて、そんなに気になるかね〜」

美味い食い物の匂いなら、オレも好きだけどな。
ニンゲンの匂いなんて、キョーミねーよな……

「…シン?」

イブカの呟きに、シンが素直に反応する。
瞳を閉じて心を傾けると、ネットに広がる情報が奏でるように流れ出す。
その中で、一つの言葉が繰り返し浮かぶのにイブカは気付いた。

「イブくん!」

「……おっ?」

聞き覚えのある声に目を開くと、
なぜだか息を切らして駆けて来る、潤の姿がある。

「ランニングか〜?」

「違うよ! ね、姉さんに、さっきまで…イブくんが…いたって、言われて…」

全力疾走したせいで、潤は苦しげに、途切れ途切れに言葉を話す。

「ふーん」

潤の話を興味なさそうに聞いていたイブカの目が、街の一角で止まる。

「…なに?」

「おめーは、ちょっと待ってろー」

「う、うん」

イブくんは、何を見つけたんだろう?
走り去るイブカの背中を見送りながら、潤は考える。
あの一瞬、イブくんの瞳に浮かんだ悪戯の色。
また何か、大変な事件に関わっているんじゃないだろうか…



云われたまま素直にその場で待つ潤の、上がった息が元に戻った頃、
ようやくイブカは姿を現した。
両手には、それぞれに何かを持っている。

「それは、何?」

興味深々に問う潤に、イブカは右手に持った買い物袋の口を向ける。
中には、スポーツドリンクとコーラのペットボトルが1つずつ、
それからチョコバーに、ポテトチップスのパック。
イブカはペットボトルを一つ取り出すと、無言で潤に差し出した。

「ありがとう。 …でも、そっちのビンは?」

スポーツドリンクを受け取った潤は礼を言うと、
もう片方の手にイブカが持っているものへと目を向ける。

「こっちは、毒だぜ〜」

「ええっ!?」

左手の中に収まっている、緑色のガラスの小瓶。
中に入った液体を、イブカは太陽の光に透かしてみせる。

「で、でもそれって…」

「ちょっと、そこのデパートでな」

誰かにあげるの、なんて訊ねて良いものかと潤が悩んでいるうちに、
イブカの姿は先へと消え去ろうとしている。
慌てて潤も後を追う。

「待って、イブくん…!」

「……」

「…イブくん?」

追いついたイブカの鋭い空気に、潤が声を落とす。
デジカメのついたグローブをさりげなく背後に向けて、イブカが潤に告げる。

「ウシロ振り向くな〜。 いーか? イチ、ニの、サンで逃げるぜ〜」

「う、うん!」

手のひらに、じんわりと浮かぶ汗を握り締めて、潤が答える。
やっぱりイブくんは、また何かの事件にかかわってるんだ!

「行くぜ… イチ、ニの…サンッ!!」

「!!」

突然に走り出した2人に、通りすがりの人波から驚いた男が飛び出した。
十字路を前に、潤がイブカに問い掛ける。

「どっちに逃げるの!?」

「あっちだ! ホテルに戻れば――」

イブカは言葉を途切らせる。
その様子に、潤の不安そうな声が続く。

「イブくん? どうしたの!?」

「なんでもねー」

背後の追手から逃げる2人は、十字路を曲がろうとした。
その正面から現れた男が、イブカを捉えようと掴みかかってくる。

「うわあっ、イブくんッ!!」

「チクショー! もう一人いたのかっ!!」

腕を掴まれたイブカは、全力で足蹴りを決める。
子供のバネのあるキックを膝に受けて、一瞬ひるんだ男の手が緩む。
その隙を逃さずに、
イブカは手にした瓶の蓋を取り、男に向けた。

「くらえ! ポイズンミスト攻撃ーッ!!」

男の顔面めがけて、スプレーを吹きかける。

「うあッ!!」

液体の入った目を押さえて、男が苦しむ。
周囲には、濃厚な香りが匂い立っている。

「へへっ、逃げるぜ〜」

呆然とこの状況を見ていた潤は、
イブカの言葉に我に返ると、慌ててその後を追いかけた。

前へ 次へ 戻る