優しい毒4 (妄想話)
ホテルに戻れば、アルがいる?
冗談じゃねー、とイブカは吐き捨てる。
ダメ捜査官のトコに逃げ込んだって、助かる勝算は1%も増えやしない。
勝ち目のない賭けなんて、オレは絶対にしないはずだ。
なのに、どうしてそう考えたのか分からない。
分からなくて、それが腹立たしい。
ホテルのロビーにある喫茶コーナーで、
柔らかなブロンドの持ち主を視界に止めたイブカは、
彼の座っている椅子を、思いきり背後から蹴りつける。
「うわっ!?」
ガタン、という大きな音と共に椅子が揺れ、
突然の衝撃に驚いたアルは、見開いた目を背後に向けた。
そこには、不機嫌な表情を余すことなく見せたイブカが立っている。
「い、イブ? いきなり何を…」
「アルが悪い」
「…は?」
蒼い瞳が、炎のように激しくアルを睨む。
「よく分からないけど… 椅子はホテルの備品なんだから、蹴ったりしたら駄目だよ」
「うるせー!」
なんで椅子の心配なんかしてんだよ!?
オレに蹴られてるのは、てめーだろっ!!
怒りに油を注がれて、イブカの蹴りが再びアルの椅子を襲う。
「イブ、落ちついて!」
ゲシゲシと椅子を蹴り上げる子供の騒動に、周囲の目が集まるのを感じて、
アルは慌ててイブカを取り押さえる。
「分かったから、僕が悪いのは分かったよ!」
ごめんね。
何度もアルに謝られているうちに、イブカの頭がしだいに冷めていく。
何やってるんだ、オレは。
ガキみたいに… こんなの、ただのヤツ当たりだ。
「…手ぇはなせよ」
掴まれたままの腕を引いて、イブカがポツリとつぶやく。
「あっ、ごめん!」
「なんでアンタが謝るんだ」
「だって、僕が悪いって言ったのはイブ…」
「わけわかんね〜」
ようやく落ち着きを取り戻したイブカの様子に、アルが安堵の笑みを浮かべる。
卑怯だ、とイブカは思う。
何も分かっていないくせに、いつだってアルは負けを認めてしまう。
そんなのは、勝負にならない。
それが、くやしい。
「外で、何かあったの?」
「あったよーな、なかったよーな」
本当はもっと聞き出したいくせに。
あれこれ考えて、ためらい悩むアルの様子は、
どんな重大決心を口にするかと誤解されてもおかしくない。
いつでも真剣に、だからこそ人を惑わせる優しい毒。
アルは、
どう話を切り出すか、まだ悩んでいる。
「あ…」
メールの着信に気が付いて、アルはテーブルに置いた携帯へと手を伸ばす。
その隙を見逃さず、イブカはロビーを逃げ出した。
「イブッ…!?」
アルの驚く声を無視してエレベーターに飛び乗ると、
自室の階のボタンを素早く押して、扉を閉める。
閉じたエレベーターの扉を見つめたまま、アルはため息をついた。
どうしてイブは、あんなに気まぐれなんだろう。
でも…少し心配だ。
いつものイブは、自分の感情のままに行動したりはしない。
わがままで、ちっとも人の言うことなんて聞いてはくれないけれど、
その思考はクリアで冷静だ。
アルは手にした携帯に目を向ける。
届いたメールは2通。
一通はケイから、もう一通は…
メールを開いた瞬間、アルは思わず胃を押さえた。
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