+妄想
優しい毒6 (妄想話)

「そう…かな? 何でもないよ」

あからさまな嘘を口にして、アルが笑う。
でも、イブカは知っている。
アルは嘘をつけない。
だから、どんなに蒼白な顔をしていても、
何でもないと、無意識のうちに自分へと強要するしかない。
言葉よりも鋭いイブカの視線に、アルが話題を逸らす。

「…ええと、そうだ!
 昨日連絡があって、ウルフとアイリーンがこっちに来るって」

「ヤードの捜査官ってのは、ヒマなんだな〜」

「うっ…」

堂々と否定できないのが辛い。
アル自身、応援は必要ないとレストレード部長に意見しているが、
昨日2通目の、アルの胃を痛めたメールは却下を告げた。

「で、いつ来るんだ〜?」

「そろそろ、ここに着く時間だと思うけど。
 でもウルフが一緒だから、ちょっとそれは怪しいかなあ…」

「またどっかで、騒動起こしてっかもなー」

「冗談でも、よしてくれよ!」

想像に容易いイブカの言葉に、げんなりとアルがため息をつく。

「…っと、そーだ!」

「?」

イブカがふいに、アルを手招きする。
アルは不思議に思いながらも、呼ばれるままに側へと立つ。
続いてイブカの指は、足元の床を指し示す。
何の変哲もない、普通の床だ。

「この床が、どうかしたのか?」

「いーから、よーく見てみろって」

言われて、再び床を見る。
やはりアルには、ただの床にしか見えない。

「もっと近くで見ねーと、アルには分かんねーかもな〜?」

アルは更に身を屈めて、真剣な表情で床を覗き込む。
その瞬間を逃さずに、イブカはポケットから小瓶を取り出した。
素早く蓋を取り、アルの頭上へと吹きかける。

「わっ…!」

いきなりの強い香りが、アルの周囲を取り巻く。
驚いて顔を上げると、悪戯の色を浮かべたイブがいる。

「騙したなっ!? 何だよ、これっ!」

アルが頭を振る。
ブロンドの髪が柔らかに揺れて、グリーンフローラルの香りが広がる。

「騙される方が悪いんだぜ〜」

イブカが笑う。
その右手に握られた、緑色のガラスの小瓶。
アルがそれに気付いて、低く問う。

「…香水なのか?」

「アルには、ぴったりだぜ〜」

どうしてイブが、香水なんて!?
アルは自分の髪を掴んでみるが、今さら香りが取れるはずもない。

「ぴったりって… この香りは、女性ものじゃないか!」

「たかが匂いぐらいで、細かいこと言うなって。
 ちょっとした、人体実験だと思って…」

「じ、人体実験ッ!?」

「おっ、ちょーどいいタイミングだ」

「えっ?」

今度は何だ。
混乱した頭で、アルがイブカの視線を追う。
ホテルの入口にあるのは、見なれた2人の姿だ。
アルが声を掛ける。

「ウルフ、アイリーン!」

「ああっ、ワトソンさぁ〜ん!!」

ウルフを置き去りにしたアイリーンが、我先にと駆けてくる。
その足が、唐突にアルの前で固まった。

「…アイリーン?」

アルが怪訝そうに尋ねる。
アイリーンの表情は、先程とはうって変わって怒りに満ちている。

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