+妄想
優しい毒9 (妄想話)

「テッポーなしのアンタが来ても、役立たずな気がすっけどな〜?」

ホテルから付いて来たアイリーンに、イブカが言う。
それでも、邪魔だから来るなとは口にしない。
アイリーンには、それが不思議だ。

「ワトソンさんのお願いだもの、仕方ナイじゃない。
 文句があるなら、あんたが銃刀法の厳しい国に来なきゃいいでしょ」

「銃刀法なら、英国も厳しーぞ?」

「うるさいわね〜ッ!
 わたしだって、好きで手ブラなわけじゃないんだからっ。
 やっぱり手元に銃がないと、何だか落ち着かないし…」

アイリーンが声を細める。
銃器メーカーの社長令嬢であるアイリーンにとって、
幼い頃から銃が側にあるのは、ごく自然なことだ。

「それに…銃が側にあると、強い自分になれる気がするの」

「ライフル銃ぶっ放せば、強えーのは当たり前だぜ〜」

イブカのツッコミに、アイリーンが口を尖らせる。

「別に武器だからって、理由じゃないわよ。
 わたしの場合は、たまたまそれが銃だっただけで…
 何の役に立たなくても同じよ。
 自分に自信を持たせてくれる、お守りみたいなものだものっ!」

自分が誇りにできるもの、その存在が自分を強くする。
アイリーンにとって、それは射撃の腕なのだ。
それなら、イブカにも分かる。
シンと一緒だから、これまでに数多くの困難を乗り越えられた。
もちろんコンピュータの力では、何の役に立たない時もある。
それでも、シンはオレの相棒だ。

「どうせ、非合理的とか思ってるんでしょ!?」

「そーでもないけどな〜」

「えっ?」

イブカらしからぬ答えに、アイリーンが驚く。
横を歩くイブカの前に出て、その顔をまじまじと覗き込む。

「イブカ、変なもの食べた?」

「けっ!」

イブカは、アイリーンの視線を無視して先に進む。
やがて大きな白い建物が、目の前に現れた。
ブツブツとシンにコマンドを送ると、イブカは躊躇なく門をくぐる。
アイリーンは仕方なく後を追い、不安気に周囲を眺める。
ロビーの待合室には、待ちわびた顔で座る人々の姿がある。

「…ねえ、やっぱり具合悪いの?」

「具合悪そーなのは、あのオッサンだよな」

イブカが一人の男に近付く。
年齢は60歳を過ぎたぐらいだろうか。
それなりの地位を持つ人種独特の、威圧的な空気を纏っている。
男はイブカの姿に驚愕の色を浮かべたが、すぐに平静さ取り繕う。
だが、それも一瞬のことだ。
イブカの言葉が、男の顔を蒼白に変化させる。

「フェアリードに、ワクチンは存在しねーぞ」

それだけ言って、イブカは踵を返す。
男がその腕を掴もうとしたが、予期したかの如くかわされる。
蒼い瞳に冷ややかに見つめられて、頭に血が上る。

「そんなはずは無い!」

「オレを捕まえたってムダだ〜。
 死にたくねーなら、言われたとーりデータ処分しとけって」

イブカは返答を待たぬまま、その場を後にする。
建物の扉を抜けて外に出ると、追ってきたアイリーンは怒っている。

「もうっ、置いて行かないでよっ!!」

「腹減ったな〜」

どうしてここに来たのかとか、あの男は誰なのかとか、
全部の説明をすっとばされたアイリーンは、きょとんとイブカを見つめる。
何だか良く分からないけど、
でも、イブカに危険はなかったんだから、問題無いわよね?

アイリーンの思考はポジティブだ。
機嫌を取りなおして、イブカに提案する。

「わたし、甘いものが食べたいわ!」

「じゃ、行っか〜」

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