+妄想
優しい毒13 (妄想話)

ケーキに釣られたのか、単なるきまぐれか。
イブカはアルに誘われるまま、啓が待つカフェへとやって来た。

「りんごが丸いままだ〜」

イブカが熱中して食べているのは、小ぶりのリンゴを丸ごと包んだパイだ。
甘く煮たリンゴに、さっぱりしたシナモンの風味がとても合っている。
イブカがフォークを口に運ぶ度に、
パイ皮のくずがボロボロとこぼれるのを、アルの落ち着かない視線が追う。
アルの向かいの席では、
自分のブラマンジェを早々に片付けた啓が、コーヒーのカップを傾けて話を続けている。
新しい情報の交換と、イブカがどこまで事件に関わっているかを知るのが目的だ。

「それで、その大学病院の研究施設で開発されたのが、
 偶然イブくんの〔フェアリード〕と、同じ名前のウイルスだったのね」

「でもどうして、医療関係者が病原体の開発を?」

アルが、不思議そうに首を傾げる。
病気の治療薬の研究をするならわかるが、
病気の元であるウイルスを作る研究なんて、絶対おかしい気がする。

「ウイルスを使って、治療薬つくるケンキューとかあっからな。
 へへっ、どーせそのヘンで失敗して、できたのはタチの悪いウイルスってオチだ〜」

パイを頬張ったままで、もごもごとイブカが口を挟む。
人間にとって毒となるウイルスだが、中身の毒を薬に入れ替えることができれば、
特定の臓器や細胞に結びつく性質を利用して、ガンなどの治療に使えるという。
アルが驚いたように、隣のイブカを見る。

「く… 詳しいんだね…」

「ちょっとキョーミあってな〜」

「確かにバイオテクノロジーの理論は、
 サイバネティクスの分野などにも、応用されているわよね…」

啓がイブカの発言に同意する。
そうだった、とアルが呟く。

「すっかり忘れていたけれど、イブはMITにいたんだったな」

何でそんなこと忘れんだ?
イブカの呆れ顔に、啓が笑いを漏らす。

「経緯はともかく、マオのくれた情報によれば
 研究者の中に、そのウイルスを密かに ”売り” に出そうとした者がいるの。
 その頃から二つの〔フェアリード〕の存在が、かく乱され始めたみたいだわ」

「わざと混乱させるように、故意に情報を流した人物がいるんですね?」

「ええ。それでその研究者…大学教授なんだけど、
 自分のフェアリードに、イブくんも関係していると勘違いしたのね」

それは確かに焦るだろう。
秘密裏に運ぶべき事の、情報が外部に漏れているのだ。
流れた情報源をつきとめるためか、口封じか。
どちらにしても、裏で友好的な応対をしてくるなど想像できない。

自分の置かれた状況を知ってか知らずか、
呑気にパイを頬張るイブカに、アルが真剣な表情で問い詰める。

「君が昨日、会いに行った男だな!?」

「あいつ、しつけーからな〜」

さりげなく返された答えに、アルはショックを受ける。
それは僕の知らない他にも、イブが危険な目に合っていたということか!?
飲み干したコーヒーカップに指を絡めながら、啓が呟く。

「でも誰が、何の目的で情報を混乱させたのかしら…?」

「フェアリードのワクチンだ〜」

アルと啓が顔を見合わせて、そろってイブカを見つめる。

「どういうことだ、イブ!?」

「へへっ、ウイルス退治だぜ〜!」

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