+妄想
優しい毒14 (妄想話)

「フェアリードに、ワクチンが存在するのか!?」

「するよーな、しないよーな」

「ちゃんと説明しろよっ!」

「あんたうるせー」

押さえが利かなくなったのか、詰問攻めのアルにイブカが不平を漏らす。
あまり機嫌を損ねたら、何も喋ってくれないかもしれない。
慌てて啓が、質問の方向を変える。

「そのワクチンって、イブくんのフェアリードに効くものなの?」

イブカが首を横に振る。

「じゃあ、病原体に効果のあるワクチンなのか?」

アルの問いにも、イブカは首を横に振る。
アルと啓が、再び顔を見合わせる。

「じゃあ一体、何に効くワクチンなんだ!?」

聞かれたイブカはきょとんとアルを見返すと、今度は首を傾げた。
自分をからかっているとしか思えない反応に、アルはがっくりと肩を落とす。

「あのオッサンは、ウイルス退治だって脅されてたけどな〜?」

いつの間にか、話は最初に戻っている。
イブカはこれ以上、話すつもりはないらしい。

「イブくん、また今度一緒に食事にいきましょうね」

諦めた啓は、暗にアルへと話の終わりを告げる。
納得のいかない様子で、アルはイブカに視線を落としていたが、
仕方なく、席を立ったイブカに続いた。

「ねえ、アル――」

席を離れようとしたアルを、啓がそっと引き止める。
まだ遠くに行っていないイブカを確認すると、アルは啓を振り返る。

「マオに言われたの、イブくんに油断するなって。
 あの子には善悪なんて関係ない、
 だから正義のために、私達を助けてくれてるわけじゃないんだって…」

「ケイ、それは」

「もちろん私は、イブくんを信じているわ」

「僕は… リー捜査官の言葉は正しいと思います」

予想外のアルの答えに、ケイの瞳が驚きで見開かれる。
その言葉と裏腹に、アルが優しく微笑む。

「イブが僕達に力を貸してくれるのは、正義のためなんかじゃない。
 あいつが自分の意志でそれが正しいと、きっとそう判断したからなんです」

そう言うと、アルはイブカの後を追った。
少し遅れて追い着いたアルを、イブカが見上げる。
アルの表情は、何だか嬉しそうに見える。

「デートの約束でもしてたのか〜?」

「そんなわけないだろ… ケイに失礼じゃないか」

「なんでだ〜?」

「だって、ケイにはリー捜査官がいるだろ?」

アルの言葉に、イブカが首を傾げる。

「あんたもマオも、どーしてその鋭さが自分に働かないかね〜?」

「は…?」

「……」

イブカが、不自然に視線を揺らす。
アルも気が付いた。
店を出てからずっと、誰かに尾行されている。
前か、後か?

「動くな」

前方に停まる車の陰から、男が現れた。
続いてもう一人。
取り出した拳銃が、イブカに向けられる。

「イブ、逃げろッ!!」

気付いたアルが、叫ぶ。
言われなくても、こんな状況では逃げるに限る。
イブカが駆け出そうとしたその時、
向けられた拳銃とイブカの間を、アルが遮った。
駆け出した足が止まる。

イブカの胸の中で、何かが凍っていく……

「――どけっ!!」

渾身の力を込めて、イブカはアルの背中を蹴りつけた。
予想もしない背後からの攻撃。
アルは不様に両手をついて、地面へと倒れ込む。
銃を手にした男も、イブカの予期せぬ行動に気を奪われている。
考えている暇はない。
イブカは素早く身を落し、男の足へと〔クモの糸〕を投げつけた。
片足に絡み付いた糸を、力任せに引き寄せる。

男がバランスを崩し、トリガーを握る指に力が込められた。

前へ 次へ 戻る