+妄想
LA VIE EN ROSE 3 (妄想話)

聖バーソロミュー病院の前でタクシーを降りたイブカは、
運転手に料金を支払うと、病院の中へと真っ直ぐに向かっていく。

目的の病室は、聞かなくても分かっている。
タクシーに乗っている間に、病院のコンピュータに侵入してカルテを覗き見したのだ。
そのどこにも、アルが重体だと思わしき記録はない。
イブカの蒼い瞳が、ウルフへの怒りで静かに揺れている。

部屋の前に立つと、中から激しく言い争う声がした。
アルと、ウルフの声だ。

「お前がボケっと突っ立ってるから、悪いんじゃねえか」

「そんな理由で、僕を庇ったりするのはやめてくれ!」

「じゃあ、どんな理由が必要だってんだ!?
 文句があるなら、庇われなくてもいい行動をしてから言え。
 それが嫌なら、警察なんざ辞めちまえ!」

ウルフの怒声が響き、部屋の中に沈黙が落ちる。
イブカは、部屋の扉を勢い良く蹴飛ばした。

「遅ぇぞ!」

派手な乱入者に振り向いたウルフを、イブカは鋭く睨みつけた。
ウルフの胸部と左腕は、白い包帯でグルグルと巻かれている。
一方ベットの横に座り込んだアルの方には、これといった怪我も見当たらない。
飛び込んできたイブカを、驚いたように見つめている。

「重体なのは、アンタじゃねーの」

「オレ様が一緒で、アルに怪我させるわけねえだろうが」

それにこんなのはかすり傷だと、ウルフが不敵にイブカを見下ろす。

「けっ!」

その自信に満ちた、強気な態度が気に入らない。
イブカは踵を返すと、そのまま部屋を立ち去ろうとした。
その肩を、後から伸ばされたウルフの腕がつかんで引き止める。

「待てよ、イブ公」

「――んだよッ!」

「ちゃんと、アルを連れて帰れよ」

イブカは、怪訝な表情で振り返る。
いくらアルが心配だからと言って、それはあまりに過保護過ぎだ。
迎えなど呼ばなくとも、自分のフラットにぐらい独りで帰れるだろう。
いい大人のくせに、恥ずかしいとは思わないのか。

同様のことを思ったのか、顔を赤らめたアルが抗議の声を上げる。

「そんなことのために、イブを呼び出したのかっ!?」

「部長も、今日は帰って休めって言ってるぜ」

「だからって… 自分で家にぐらい帰れるよ!」

「いつもイブ公には面倒かけられてるんだ、
 たまには、おまえが面倒かけなきゃ悪いだろ」

「ウルフ!!」

再び口論を始めた二人をよそ目に、イブカは病室の外へと足を向けた。
それに気付いたウルフが、アルの腕を引き寄せてイブカに押しつける。

「ウルフ、僕はまだ話が――」

「どうせ、帰る方向は一緒だろ」

これ以上、ウルフと話し合うのは無理だと感じたのか、
アルは不機嫌極まりないイブカに小さく謝ると、その後に続いて部屋を出た。

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