+妄想
LA VIE EN ROSE 4 (妄想話)

病院を出て、通りを歩く二人は無口だ。

アルの沈黙は気まずさからだと、最初イブカは思っていた。
ウルフの過剰な気遣いに振り回されて、
イブカ自身、口を開く事すら気まずい思いだったからだ。

だが、そうではないらしい。

まるで横を歩くイブカの存在など忘れたかのように、
アルは、ぼんやりと視線を遠くに向けたまま歩き続けている。

「怪我は、ねーのか〜?」

何気なさを装ってイブカが尋ねてみれば、
いつもの、困ったような笑みと共に返る言葉もない。
ウルフが言ったのはこういう意味かと、イブカが小さく呟いた。

エドワード・カートライト。

記憶に残る彼の存在が、時折こうしてアルを連れ去っていく。
目の前にいるアルの、心だけが、遠いどこかに消えてしまう。
イブカはそれを見るたびに、足元が崩れるような感覚を覚えた。
アルの名を叫び、蹴り飛ばして、無理矢理現実に引き戻しては、
その瞳に自分の存在が映ることに安堵する。

そんなことを、今までに何度繰り返しただろう?

「アル――」

返事はない。

「アルッ!!」

叫ぶと同時に、イブカはその背に全力で蹴りを食らわせた。
うわっ、という悲鳴とともに、目を瞬かせたアルが振り返る。

「な、何をするんだ!? いきなり…うわっ!!」

もう一撃、続けてアルに蹴りを入れるイブカの瞳は怒りに揺れていた。
意味もわからず呆然と見返すアルを、真っ直ぐに捕らえる。

「LAVIE EN ROSE …
 あんたはそんなに、バラ色の人生を送りたいか〜?」

背筋が凍りつくかのごとく、そのささやきにアルの息が止まる。

「だったら、オレが楽しませてやるぜ〜」

過去に思いを惑わせる暇も無いほどに、今を鮮烈に生かせてやる。
へたりと座りこんだアルに視線を落としたまま、
イブカは2、3歩後ろに歩を引くと、そのまま踵を返して走り出した。

「待ってくれ! どこへ行くんだ、イブッ…!?」

我に返ったアルが、慌ててその背に問いかける。
イブカは一度だけ立ち止まると、悪戯の笑みを浮かべて振り返る。
そして答えのないまま、再び走り去って行った。

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