+妄想
LA VIE EN ROSE 7 (妄想話)

「そうですか…。 どうも、ありがとうございます」

到着したばかりの客がざわめく成田空港ロビーの一角で、
短い電話を終えたアルは、小さく溜息を漏らした。

(どこに行ったんだ、あいつ…!)

日本に到着したアルが真っ先にしたことは、
国分寺に住むイブカの祖母に、行方を尋ねることだった。
イブカの気まぐれ――それは、今に始まったことではないが、
単に祖母ハルに会うため日本を訪れた可能性もあると思ったからだ。

だがその期待は、甘かったようだ。

アルは眉をひそめて、再び携帯へとメッセージを入力する。
これまでに何度送ったか知れない内容は、
今では指がキーを覚えてしまう程になっていた。

――今どこにいるんだ?
――居場所だけでも、知らせてくれないか。

事件に巻きこまれていないと分かれば、それでいい。
イブは自由だ。
それを奪う権利なんて、誰にもない…。

メール送信を終えた携帯画面を、アルはぼんやりと見つめている。
その時、背後のざわめきから、聞き覚えのある声が弾んだ。

「ワトソンさん!?」

「えっ? あっ、ジュン!?」

アルが振り向き、驚きで目を瞬かせる。
ケイ・カシワギの弟であるジュンには、
これまでにイブカを接点として、何度か顔を会わせている。
年齢の割りには幼さが残る東洋人の容貌だが、
それでも時間は、以前より大人びた印象を彼に加えていた。

「もしかして、同じ飛行機だったんですね」

「…そうみたいだ。 ちっとも気付かなかったよ」

「ぼくもです。 ワトソンさんは、お仕事なんですか?」

潤はごく自然な素振りで、アルの周囲を見渡す。
それを見たアルは、困ったように曖昧な笑みを浮かべた。

「イブなら、僕も居場所を探してるとこなんだ。
 理由も言わずに飛び出してくのは、いつものことだけどね」

「そ、そうなんですか…」

深々と溜息をつくアルの姿に、潤が同情の視線を向ける。
確かにイブくんの保護者役なんて、並大抵の神経では勤まらないだろう。

「ところでジュン、君はどうしてトーキョーに?」

「ぼくは知人と会う約束があって、しばらく日本にいるつもりです」

「そうか。 じゃあもし、イブと連絡が取れたら…」

「…さり気なく、居場所を聞いてみるんですね」

どうせイブくんには、全部見透かされてるだろうけど。
そう言って笑う潤に、アルが額を押さえて空を仰ぐ。

「まいったな、僕には笑い事じゃないんだ」

「すみません。 でも、なんだか…」

潤がふと、言葉を途切らせた。
様子に気付いたアルが、周囲に注意を向ける。
何処からか流れてきた音楽が、短く切れた。
近くにいた女性が、「もしもし?」と取り出した携帯に答える。

「ジュン? どうかしたのかい」

「えっ、なんでもないです」

携帯に向かって話続ける女性から、潤が慌てて視線を戻す。
アルは怪訝な表情で、潤を見つめている。

「イブくんのこと、何か分かったら連絡しますから」

「う、うん… ありがとう」

立ち去る潤の背に、アルは首を傾げた。

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